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転生する国 【2】

 


 いつも寝る前に、ニックはサシャに()()()()をする。

 今日も仕事を終えたニックはサシャに夢を話す。


「サシャ? いいかい? サシャがもしも生まれ変わったら、僕たちは商人になるんだ。

 それで、いろんな国を旅して、沢山の人たちとふれあって……そうだ! きっと僕たちと同じ獣人の国だってきっとあるんじゃないかな!

 そこは、みんな自由に暮らしているんだよ!

 猫耳を生やしたおじさんと、兎耳を生やしたおばさんの宿屋に泊って、きっとそこで出てくるシチューなんかはとっても美味しくて、僕もサシャも何回もお代わりしちゃって、兎耳のおばさんを困らせちゃうんだ。

 でね、子供はたくさん食えよーって、裏で作ってくれてる猫耳おじさんが笑いながらお代わりをよそってくれるんだよ。

 どう?

 とっても素敵だよね」


 ニックは目を輝かせながら、サシャに語る。

 けれども、サシャは少し表情が硬かった。

 いつもだったら、サシャも話しに乗ってきて、二人で夢を語るのだが、このところサシャは不安そうな顔をするばかりだった。


「どうしたのサシャ? 商人になって世界を旅するのは、ちょっと嫌だった?」

「ううん、そうじゃないの、お兄ちゃん」

「じゃあ、どうしたって言うんだい?」

「あのね、やっぱり、私、その、お兄ちゃんのお荷物になってるんじゃないかなって」

「馬鹿だなぁサシャは。僕が一度でもそんなこと言った覚えがあるかい?」

「だ、だって、お兄ちゃん、私と一緒にどっかに行きたいって、いつもそればかり言ってるし、この足さえなければ、そんなの簡単にできるのに」

「何を言っているんだ。だから、僕がこうしてサシャのために仕事をしているし、サシャだって毎日木彫り人形を作っているわけじゃないか」

「でも、でも、転生なんて、本当に、その、出来るのかな?」

「出来るも何も、みんなやってるじゃないか! 古い身体を捨てて、新しい身体を貰う。しかも前よりも優れた身体だよ。伯爵さまもそうだけど、あの方だけじゃなくて、周りの人たちもみんな何回か転生してるんだよ。ほら、今日買ったグランの実を売っていたおじさんだって、前は腰痛で動けなくなって転生したって言っていたじゃないか」

「ううん、そうだけど」

「じゃあ、何が不満なんだよ」


 ニックは、次第に苛々してきた。

 サシャの態度が気に食わないというのもあるが、何よりも、自分がこれまで信じて来た教会の「転生」を懐疑的に捕えられていることが許せなかった。

 それはつまり、これまで育ててくれたラザルック伯爵への裏切りにも同義だった。


「不満、ってことじゃないけど……」


 それが分かっているからこそ、サシャも言いたいことが言い出せないでいた。


「あのね、お兄ちゃん」


 だから、確認した。


「そもそも、どうしてこの国には転生が溢れてるのかな?」

「なんだ、()()()()()か」


 ニックは呆れ顔で答えた。何度も話していたのに忘れてしまったサシャは、本当におっちょこちょいなんだな、と。


「いいかい、サシャ。この国の人たちはね、とびっきりいい人ばっかりだったんだ。

 それは今だけじゃなくて、大昔からそうでね、昔々、とある偉大な魔法使いがこの国を訪れた時の話だよ。

 その魔法使いはとってもおっかない魔法使いだったんだけどね、魔物やら魔族やらとの争いで酷く傷ついていたんだ。

 死にかけの状態でこの国に来て、この国の人達はみーんな良い人だったからね、手厚く介抱したんだよ。水を汲んで来て、暖炉で火を取って、栄養満点の美味しい料理をふるまって、お薬なんかもあげてね、そうやって毎日毎日魔法使いを回復させて言ったんだ。

 凄いよね、見ず知らずの人にそこまでやってあげられるなんて」


 まるで伯爵さまみたいだね、とニックは続けた。


「それでね、偉大な魔法使いはこの国の人たちに魔法を教えてあげたんだよ」

「それが、転生魔法?」

「そうさ! 神父さまは、確かに人間かもしれないけれども、魔法使いさまなんだ!

 つまり、僕たち獣人でも、人間たちとも、エルフとも妖精とも違うんだよ! 中には人々に疫病を流行らせて私利私欲を貪る魔法使いもいるみたいだけど、神父さまは違う!

 その美しい精神で以って、転生魔法を修めた、素晴らしい魔法使いさまなんだ!」


 ニックの盲信的な言葉にサシャは恐れを抱いた。


「う、うん、分かったよ、お兄ちゃん」


 サシャはその言葉を、滑稽なほどの作り笑いと共に、必死に絞り出した。

 もう終わりにしたかった。

 大好きな兄に早く戻ってほしかった。


「そうか! 分かってくれたか!」


 ニックはサシャの言葉を真に受けて、満面の笑みをサシャに向けた。

 与えられた階段下の物置小屋の電気が消えた。

 この小さな二畳ほどの部屋が、二人の寝室だった。

 ニックはすぐに寝息を立てたが、サシャは眠れなかった。

 恐怖と後悔が頭の中をぐるぐると回って、サシャの身体を震わせた。

 転生魔法。

 魂を管理するその魔法は、決して救いを与えるようなものじゃないとサシャは思っていた。

 もし、そうなのだとしたら、ニックの言う偉大な魔法使いさまは、この国の人々に酷い憎しみを持っていたに違いない。

 だって、生まれ変わりを操作するなんて、そんなの……まるで……。


「――命の牢屋みたい」


 声に出しているのを気付いて、慌ててニックを見た。

 ニックがサシャの声に全く反応を見せず眠っている様子に、サシャはほっと胸をなでおろした。

 そして首を横に振った。

 変な考えはよそうと思った。

 ニックが、必死に金を稼いでくれるのは知っているし、自分の病気が不治の病であることも知っている。

 藁にもすがる思いで、転生魔法という結論に至ったことも分かっている。

 それは全部、妹である自分を救うためだと言うことも、理解している。

 だから、兄は何も悪くない。

 悪いのは自分だと思った。

 こんな身体に生まれてこなければ、今頃は兄の言った旅する商人のように、いろんな国を見て回れていたのかもしれない。

 だから、自分は兄に従おうと思った。

 後悔があるとすれば、言い出せなかったことだ。

 サシャは眠っているニックの栗色の髪を撫でる。

 狼のような耳が髪の間からぴょんと飛び出ていて、そこには触れないように優しく撫でながら、小さく呟いた。


「お兄ちゃん、私ね、別に死んでもいいの。病気、治らなくていいの。お兄ちゃんにはね、私のことは気にしないで、世界を見てきて欲しいんだよ」


 呟いたサシャの表情は、まるで教会に飾られている聖母のようだった。

 しかし、その願いは叶うことはない。



 ◇◆◇◆



 ニックの朝は早い。

 誰よりも早く起きて、屋敷中の掃除を始める。

 ラザルック伯爵家は、この国でも十分な地位を持つ貴族であり、その屋敷の大きさはかなりのものだった。それをニックは一人、箒で掃いて、雑巾がけを行う。毎日やっていた。

 休みの日でも、毎日。

 だからラザルック伯爵家の屋敷は、どこの屋敷よりも綺麗だった。

 ニックとサシャは獣人奴隷であるため、人間よりも知能は劣るが、肉体的には狂人だった。サシャは石の病気にかかっているため、動き回ることはできなかったが、ニックは誰よりも元気に、そして活発に働いた。

 一通り掃除し終えて、次は庭の手入れをしようかと思っていたら、声がかかった。


「ニック、精が出るな」

「ラザルック伯爵さま! おはようございます!」


 ニックは跪いて、頭を垂れた。

 通常、奴隷相手に伯爵家の当主が挨拶をすることなどありえなかった。

 しかも、相手は獣人。家畜同然の存在に声をかけるなど、他の貴族は天地がひっくりかえっても行わない。

 ニックはそれを分かっているからこそ、ラザルック伯爵を好いていて、父のように尊敬し、愛していた。


「ニック、朝食は食べたか?」


 四十を過ぎるラザルック伯爵の言葉は穏やかで、ニックの耳をくすぐる。


「はい、黒パンとチーズを料理長からちょうだい致しました!」

「そうか、これから庭の手入れかい?」

「はい! 本日は、お庭の植木の手入れを行う予定でございます」

「……昼は、新鮮な一角兎の肉が食べたいな」


 ニックは耳をぴんと立てて、顔を上げた。


「ははっ、かしこまりました! 必ずや、お口にあうものをお届けいたします」

「ふふ、期待しているよ」


 ニックはラザルック伯爵が見えなくなってから、足早に歩き出した。

 廊下に立てかけられている古ぼけた時計を見て、まだ昼食までには随分と時間があることを確認した。

 それから、階段下で手彫り人形を作っているサシャの元へと向かった。


「サシャ、これから教会に行って、買い物に行くよ」

「お兄ちゃん、ごめんなさい。今日はちょっと足が痛くて、歩けそうにないの」

「そっか。うん、分かった! また調子がいい時に一緒に行こう!」

「うん、ごめんね、お兄ちゃん」


 ニックは予定を変更して買いだしを優先させることにした。

 細枝の切りそろえなどいつだってできるが、伯爵の食べたい食事は、今だけなのだ。

 教会で祈りを捧げることも毎日やらなければならないことだ。

 ニックは執事長に予定の変更を告げると、すぐに走りだした。

 何は知っているんだ! という執事長が後ろから喝を飛ばしてきて、早歩きに変えたが、心だけは走っていた。

 ニックは嬉しかった。

 ラザルック伯爵が話しかけてくれた!

 ラザルック伯爵が僕に「ご命令」をしてくれた!

 それだけでニックはどうしようもなく嬉しくなって、尻尾をパタパタと揺らした。



 ◇◆◇◆



「貴方が、いつも祈りを捧げているのは存じておりますよ」


 今日は、いつにもまして嬉しいことばかりだった。

 静かに膝をついて、両手を揃えて願いを小さく呟いていると神父がニックに話しかけてきた。

 それはひどく珍しいことだった。

 ニックにとっては日課であったが、けれどもいつだって全力で、いつだって真剣に祈っていた。

 しかし、それは別に神父に気に入られようとか、目を引こうとか、そういう疾しい気持ちは全く無かった。

 早く妹が転生できるようにと、まるで自分の中の決意を確かめるような行為であった。

 自分がこれまで働いているのは父のように慕っている伯爵と、石化病で苦しんでいる妹のためだと、自分のこれまで歩んできた道と、これから進むべき道を「偉大なる魔法使いさま」に告げるための行為だった。

 だから、神父がニックに声をかけてくるなど、ニックは思ってもみなかった。


「神父さま?」

「確か、貴方の名前は……そう、ニックさんですね?」

「は、はい! そうです!」


 ニックは、少し緊張しながら返事した。

 少し声が裏返ってしまった。


「熱心な教徒だと、シスターたちの間でも有名ですよ」


 神父は笑みを浮かべて、ニックの頭を撫でた。

 まるでラザルック伯爵みたいだ、とニックは思った。

 優しい笑みと、安心する声色が、ニックの尻尾を振るわせた。


「なんでも、妹さんを転生させたいのだとか」

「はい! そうです! 実は妹は、その石化病で……その、治らないんです」

「なるほど。だから、転生させたいのですね」

「はい! 転生させて、一緒に世界を見て回るんです!

 豊かな平原を見たり、いろんな国に行ったり、いろんな種族の人たちと話したり!

 自由に暮らして、自由に生きていこうと思うんです!」

「そうですか」


 神父の相槌に、ニックはなんてことを言っているんだろうと、顔がかあっと熱くなった。

 サシャが転生してからのことや、自分の願望を語ったところで、神父がそれに興味を持って応援してくれるなんて保障など、どこにもないことが分かっていたからだ。

 それどころか、自分が話していることは、この国から飛び出したいってことだった。


「も、もちろん、他の国に行ってもこの国の素晴らしさや、教会の寛大さも宣伝させていただきます!」


 口に出してから、なんだか言い訳みたいだと、一層恥ずかしくなった。

 近くにいた信徒の人たちもクスクス笑っていた。

 自分はなんて愚かなのだろうと、この場から消えたくなった。


「素晴らしいことです!」


 神父は両手をニックの肩にかけて、賞賛した。

 ニックにとって、その行為は余りにも意外だった。


「いいですか、ニックさん。普通の人たちはですね、転生してから先のことなんてさっぱり考えていないのですよ。

 ニックさんは獣人で、しかも伯爵家の奴隷だと訊いております。

 だから分かるとは思いますが、例えばそう言った虐げられている人々が何を望むかというと、今よりも良い暮らしがしたいとか、お金持ちになりたいとか、そういったことばかりなのです!

 けれどもニックさんは自分ではなく、妹の転生を願い!

 しかも! それから兄妹で旅をして、世界を回りたいと願っています!

 救いを求めるだけではなく、その先を考えるニックさんは、きっと『偉大なる魔法使いさま』も貴方に微笑むに違いありません!」


 その言葉に、ニックは泣きそうになった。

 自分の想いを全て肯定してくれた神父に、ニックは忠誠を誓った。


「ありがとうございます、神父さま。ありがとうございます、神父さま」


 それ以外の言葉が出てこなかった。


「……しかし、ニックさん。私はこの国の、この教会の神父です。貴方の願い、貴方の想いには大変感動してはおりますが、しかし、決まりは守ってもらわねばなりません。

 残念なことではありますが、お布施――転生費用に関しては、私の裁量で変化させるわけにはいかないのです。

 金銭が全て、努力や信仰心の表れとは言えませんが、それ以外で平等に人々を計る術を持たない私を許してください」

「心配入りません、神父さま!」


 頭を下げる神父に、ニックは胸を張って応えた。


「実はもうすぐ資金が溜まります! あと少しなんです!」


 本当だった。

 順番割り込みが出来るほどの金額では無かったが、転生が出来る最低資金は、あと半年程働けば溜まるくらいまできていた。


「それは素晴らしいことです!

 もし、妹さんが転生し、世界を旅してまわり、またこの国による機会がありましたら、ぜひとも土産話をたくさん聞かせてくださいね」

「もちろんです!」


 そう言って、ニックは立ち上がった。

 ニックは何度も神父に頭を下げて、教会を去った。

 ニックは、ラザルック伯爵と神父、二人から声をかけられたこと、話ができたことが、何よりの幸運に思えた。




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