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配達人~奇跡を届ける少年~  作者: 禎祥
一通目 夜空の虹
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8

「誤解だ、ルナ。要のとこの客。それで、何が大変って?」

「あ、そうそう。クライアントが、脚本書き換えて営業中の設定で行くって。で、週明けから使いたいって」

「マジかよ?! 落書き消して、ごみ片付けて、シーツ替えて、電球と、あっ割れたガラスも入れ替えないと!」

「取り敢えず除草剤持ってきたけど」

「ナイスだ! すぐ撒いてくれ。」


 うわー、間に合うかこれ? と頭をガリガリ掻いているけど、何が何だか話が見えない。

 ルナ、と呼ばれた女性はすぐに出ていき楓さんがぴっ、とボタンを押す。

 外の様子が明るくなった。外灯を点けたのだろう。


「なっちゃん、明日土曜日だし、もし暇だったら手伝ってくれない? 勿論、給料は出すよ?」

「手伝い?」

「ここは、貸しスタジオなの。映画やドラマの撮影で使いたいって人に貸してるのさ。で、いわくつきの物件が良い、けど危険があると困るってんで、こうして人工的な心霊スポットに仕立ててるの。肝試しで侵入してくるどっかの廃墟マニアとか若者を驚かせて心霊スポットと認識してもらってね。でもあいつらガラス割るわ落書きするわゴミ捨ててくわやりたい放題でさー。廃墟の設定がほとんどだからそれでも問題は無いっちゃ無いんだけど」


 でも次の依頼ではここを『営業中の設定』に則した綺麗な環境に整えないといけないわけだ。それも、明日明後日で。


「頼むなっちゃん、この通り! 助けると思って!」


 パンッと両手を合わせて頭を下げてくる楓さんの勢いに押され、思わずはいと返事してしまっていた。


「本当っ?! 助かるよ! ありがとう!」


 パッと輝くような笑顔で楓さんが顔を上げた。

 助かる。ありがとう。そんな言葉を言われたのは生まれて初めてだった。

 何だか心が温かくなるような。この感情は何と呼べば良いのだろう。


「あっ、やっと笑った! うんうん、やっぱり、笑うと可愛いねぇ!」

「可愛いだなんて……そんな事……ないです」


 そんな事を言われた事なんて、それこそ生まれてから一度もない。

 毛嫌いされている自分をとても醜いと思っていた。


「いやいやいや、可愛いって。もっと笑ったらいいよ!」

「楓? 何口説いてるの?」


 いつの間にかルナさんが戻ってきていた。引きつるような笑顔が怖い。


「ひっ。ル、ルナ。誤解。誤解だって。俺にはルナさんが一番です! 浮気なんてしてません。今回の設定変更でやる事多いから手伝いに来てくれないかってお願いしてたとこ!」

「そう。なら許す。除草剤だけど、外灯の届く範囲だけ撒いたわ。残りは明日ね。それから、また何人か肝試しで来てるみたいよ」

「そうか。まぁ、今日の所はやれる事ないし。引き上げよう。必要な物を書き出して渡すからルナは明日買い出し宜しく。なっちゃんは軍手だけ持ってきてくれれば大丈夫。勿論動きやすい汚れてもいい格好でね」

「あっ、はい」


 突然話を振られて慌てて返事する。


「それはいいけど。紹介してくれないの?」

「あ、悪い。なっちゃん、これ、俺の奥さんで仕事のパートナーでもあるルナ。で、ルナ、こっちは明日手伝いに来てくれるなっちゃん」


 拗ねたように頬を膨らませて見せるルナさん。可愛らしいとは、こういう女性を指すのだと思う。


「楓の妻のルナです。宜しくね」

「周夏樹です。宜しくお願いします」

「楓が馴れ馴れしくてごめんなさいね。私もなっちゃんって呼んでいいかしら?」

「はい」


 ルナさんは優しく微笑むと私の手を握ってきた。

 楓さんに詰め寄っていた時の怖さはなく、まるで月の女神のようだ、と思った。


「はーい、じゃあお互い紹介も済んだし撤収~!」


 パンパンと手を叩いて楓さんが言う。スイッチをピッと押すと外灯が消え、どこからか男性の悲鳴と走る足音が聞こえた。


「驚いてる驚いてる」


 楓さんとルナさんがクスクスと笑っていた。


 その後、ルナさんが運転するファミリーワゴン車で送ってもらった。

 それだけでなく、途中ファミレスで夕食もご馳走になってしまった。

 断ろうとしたのだが、


「子供が遠慮なんてするもんじゃない」


 の一言で楓さんに一蹴されてしまった。


 三人で囲む食卓は賑やかで楽しくて温かくて。

 私はこの日生まれて初めて、嬉しい、という感情を知った。

 涙が零れてしまった私を、二人が微笑みながら頭を撫でたり抱きしめたりしてくれるものだからなかなか止まらなくて。


 落ち着く頃には夜九時を回っていた。

 家に着いて、遅くまで連れ回してしまったことを謝罪すると言ってついてこようとする二人を車に押し戻し帰ってもらった。

 二人を兄さんに会わせたくなかった。兄さんの私への態度を二人に見せたくなかったのだ。


「ただいま帰りました……」


 そっと覗くと、兄さんの部屋の扉についたガラス戸から灯りが漏れている。出てくる気配はない。

 いつも通り、私に関心がない事にホッとしたのは初めてだった。



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