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配達人~奇跡を届ける少年~  作者: 禎祥
五通目 慈母の手
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4

「あなたが……配達人?」


 声の主を探すと、手紙の入ったトレーを置いている机の下から男の子が出てきた。

 大人びた雰囲気だけれども、小学校低学年にも見える小柄な子だ。

 一瞬幽霊かと思って怯えてしまった自分が恥ずかしい。

 その子はにこりと笑うと、困惑する私の手を引いてエレベーターへと誘導する。


「僕は香月。配達人のメンバーです。先生は?」

「あ……広瀬、康子です」


 あら?

 私、教師だって言ったかしら?

 それにここ、電気来てる……廃ホテルじゃなかったの?

 驚くことに、香月くんがエレベーターのボタンを押すと、すぐに扉が開いた。


 混乱する私の手を引き、香月くんは3階で降りるとすぐ左の部屋に入る。

 灯りの点いたその部屋では、セーラー服を着た女の子がポットを手にお茶を淹れているところだった。

 女の子の制服は、町内唯一の高校のものだ。


「夏樹、先生の分もお願い~」

「あ、やっぱり作文取りに来たのね」


 要さんの言った通りね、と女の子は言う。

 要さんって、誰だろう?

 香月くんに勧められるままソファに座り、夏樹と呼ばれた少女からお茶を受け取る。

 ポットもカップも、どう見てもホテルの備品だ。

 こんな勝手に、いいのだろうか?


「ここまで来てもらってごめんなさい。地下室では、いつ人が来るかわからなかったので、こちらの部屋を用意してもらいました」


 正面に座った香月くんが、本題を切り出す。

 夏樹さんは香月くんの隣に座って頷いている。

 この子が、いえ、この子たちが配達人?

 こんな、小さな子が?


「あなた……いえ、あなたたちの親は何をしているの? あなたたちに、配達人なんて怪しいことをさせるなんて……!」

「その怪しい仕事を依頼しようとしていた人が言います?」

「血を分けた人が親だというのなら、僕に親はいません」

「!」


 また失言した、と焦る私に、夏樹さんが死んでませんよ、と訂正する。

 死別したわけでもないのに、親をいない、だなんて。

 この子も、親と仲が悪いのかしら……?


「まぁ、僕たちのことは良いんです」

「ちゃんと事情があってやっていることですし、危険そうな依頼は断るよう楓さんが選別してくれてますからね」

「楓さん?」

「うちのメンバーです」


 本当は何でこの子たちが配達人をしているのか、楓さんとは誰なのかとか、聞きたいことはたくさんあった。

 けれど、答えてくれそうだった夏樹さんの言葉を遮るように、香月くんがコツコツと机を鳴らす。

 配達人の正体を詮索しないのがルールだ、と釘を刺されてしまった。


「僕たちのことより、先生の話を聞かせてください。なぜ、手紙ではなく作文を配達人の依頼トレーに入れたのか。本当は何を誰に届けて欲しかったのか」

「今後、どうしたいのかも」


 二人の言葉に、ドキリとする。

 私は、どうしたかったのだろう。


「わから、ないの……」


 誰かに、どうにかして欲しかった。

 自分ではもう、何をどうしたらいいのかわからなくて。

 木梨さんに謝りたいけれど、それであの子の苦労や心の傷が消えるわけではない。

 それは、何の解決策にもならない。


 誰かに、あの子を助けて欲しかった。

 私を睨みつけるあの子は、刺々しい言葉を放つあの子は、私には今にも泣きだしそうに見えた。

 あの子を救う術は私にはない。

 私では何の力にもなってやれない。


「そんなことはありませんよ」


 言い淀んでいると、香月くんがそっと私の手を握ってきた。

 そして、にこりと笑ってそう言った。

 まるで、私の心を読んだかのように。


「だって、先生はこうして行動に移したじゃないですか。何かをしたかった。その原動力となった想いこそ大事なんです」

「少なくとも、私たちは先生がこの作文を置いたからこそ、こうして先生にお話を聞きたいと思いました。どうにかしてこの子を助けたいと。先生の想いが、私たちを動かしているんですよ」

「私が、動かした……」


 相手はまだ子どもなのに、その言葉は私の心に染みた。

 私は無力ではない。私の行動は無駄ではなかった。

 と、喜ぶ私の後ろで、こう叫ぶ私もいる。

 子供が二人増えたところでどうしたというのだ。子供に何ができるのだ。と。


「先生、もう一度、よく考えてみてください。誰に、何を届けたいと思って僕たち配達人を頼ってくれたんですか?」

「私は……」


 頼って、いいのだろうか。

 相手は、まだ子供だ。

 確かに、あの子の不幸を知って、誰かに助けて欲しかった。

 その願いどおりに、この子たちは動こうとしてくれている。


 けれど。

 大人の私ですらできないことを、この子たちができるとは思えない。


「……先生、私は、実の親に殺されそうになりました」

「えっ!?」


 突然夏樹さんの口から飛び出した、ギョッとする言葉。

 固まる私に、夏樹さんは続ける。


「灯油を撒かれて、火をつけられたんです。その時は助かりましたが、毎日毎日、死ねと言われ続けました。私は生きていてはいけないのだと、そう思うほどに」

「そんな……児童相談所は、周りの大人たちは、助けてくれなかったの?」

「助けを、求められなかったんです。自分が悪いのだと思っていたから。助けてくれる人がいるなんて、考えることもできなかった。それを、香月くんが助けてくれたんです」


 夏樹さんは、木梨さんの作文を指さし、「その子も同じだと思うんです」と言った。

 助けてもらえると考えていないから、助けを求められない。

 確かに、木梨さんは助けてとは言っていない。

 けれど、このままでいいわけがない。


「私たちに任せていただけませんか? 私たちは子供ですが、子供だからこそ、大人にはできないこともできます」

「例えば、その子と友達になって本音を聞き出すとかね」


 子供だからこそ、できる……。

 目から鱗だった。

 確かに、心を開いてもらえていない私より、この子たちの方があの子に寄り添えるかもしれない。



「木梨さんを、助けてください」



 私は覚悟を決めた。

 木梨さんの容貌、クラスメイトの様子、保護者たちの反応、校長先生からの圧力……。

 あの子の不幸の要因になっているすべてを、洗いざらい打ち明ける。

 教師失格な自分は、処分されてもいい。

 だけど、その時はあの子を見捨てようとした学校も道連れだ。


「私にできることは、何でもします。どんなことでも言ってください」

「ありがとうございます、先生。では……――」


 香月くんからの要求は、なかなか厳しいことだった。

 けれど、教師人生がこれで終わってもいいと覚悟を決めた私には、やってやれないこともない。

 その日の夕日は、大地を焦がすかのように大きく朱く見えた。


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