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配達人~奇跡を届ける少年~  作者: 禎祥
四通目 おまけの話
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3、少女と子犬③

 事故で亡くなった娘が大事にしていたトイプードルのマロン。娘の分まで大事にしようと、今まで以上に愛情を注いてきたマロンはある日突然いなくなってしまった。

 散歩の時くらいしか外に出した事のない室内犬が、外で無事にいられるはずがない。頭によぎるそんな言葉を認めることはどうしてもできなかった。



 マロンが行きそうな場所――いつもの散歩コースをどれだけ探しても見つけることができなかった。炎天下で途方に暮れていた婦人、伏木杏美(ふしきあずみ)は突然少年に声をかけられた。

 娘より二つ三つ年下くらいに見える不思議な雰囲気を持つその少年は、聞き上手というのだろうか。気付けばこれまでの想いを吐露してしまっていた。


 こんな小さな子にこんな話をして、何になるというのか。そう思いつつも、一度吐き始めた言葉は止まらない。

 子供が死んだ話など、面白くもないだろうに。それでも少年は嫌がるそぶりもせず、時折「大変だったね」「頑張ったね」と相槌を打ち娘のために泣いてくれる。

 そうして、思いの丈を一頻り吐き出して、語り尽くしたとき、少年はこう切り出した。


「なら、配達人を頼ってみたら?」

「配達人?」


 聞けば聞くほど不思議な話だった。

 山の上の廃ホテルに手紙を置くと、天国でも届けてくれるとか。届けた証が届くとか。

 でも、杏莉に謝れる。もしかしたら、マロンを見つけてくれるかもしれない。


 そんな淡い期待と贖罪の気持ちをしたためて、杏美は指定された箱に手紙を入れた。

 けれど、それから数日経っても何の証も届かなくて。

 不受理と書かれた箱もあった。もしかしたら、届けることを拒否されたのかもしれない。

 そもそも、こんな話自体作り話だったのだろう。子供の話を真に受けて、一体何しているのだろうという気持ちもあった。それでも、その時は神にも縋りたい気分だったのだ。




 諦め切れずに、最後に不受理の箱でも覗きに行ってみようか、と家を出て。杏美は気づけばまたマロンの散歩コースを辿っていた。

 マロンの身体なんて覆い隠してしまいそうなほど草が生い茂った河原。マロンはここを駆け回るのも好きだった。



「すいませーん」


 マロンを探して河原を歩いていた時、紙が飛んできて杏美の身体に貼りついた。

 紙を追いかけてきたのは先日会った少年。

 


(お母さん、マロンはここよ……迎えに来てあげて……)


「えっ?」


 少年に紙を渡そうとした時、杏美の頭の中に声が響いた。聞き間違えるはずがない、愛しい娘の声だ。

 驚いているうちに、少年は「あげる!」と言って去ってしまった。

 少年の寄越してきた紙、それは人形店のチラシだった。

 迎えに来て、という娘の声が頭から離れず、杏美はチラシの店について調べることにした。


「嘘……マロン……?」


 ネットで出てきたのは、マロンらしき犬の写真ばかり。

 首輪をしていないが、さっきの声のこともあり、杏美にはそれがマロンにしか見えなくなっていた。

 そして、知ってしまう。マロンの死を。そのお店のショーウィンドウに飾られた娘とマロンにそっくりな人形を。


 お店のホームページには作品である人形一つ一つに物語がつけられ紹介されていた。

 ショーウィンドウの少女と子犬の人形の紹介欄には、少女の人形に恋をした子犬の話が載せられていた。

 人形の下に来る日も来る日も通い花を贈り続けた子犬。その物語は最後子犬が天に召され、それを哀れに思った神様が子犬をぬいぐるみにして、二人はいつまでも一緒にいられるようになったのだと締めくくられている。

 杏美にはそれが真実マロンの身に起きた事だと感じられて仕方がなかったのだ。



「行かなきゃ……」





 夫に車を出してもらってチラシの住所に行くと、そこにはネットで見たままの人形があった。


「杏莉、マロン。こんな所にいたのね」


 やっと見つけた。杏美は涙が止まらないまま夫を見ると、同じ気持ちだと示すように頷いてくれた。

 そして二人は店の主人から改めてマロンの最期を聞かされることになる。






 後日。杏美の家には少女と子犬の人形が飾られていた。

 幸せそうに微笑む少女と、彼女の顔を嬉しそうに見上げる子犬。

 それを眺める杏美もまた幸せで。

 少女の人形の頭をそっと撫でながら、杏美は思う。やっと家族が揃ったと。


「そうだ。配達人さんにお礼のお手紙を書かなくっちゃ」


 それから、配達人のことを教えてくれたあの不思議な男の子へと。

 杏莉への手紙は確かに届けてくれたのだろう。その証が、この人形だ。

 杏美一人ではきっとマロンを見つけることはできなかった。配達人が杏莉へと手紙を届け、杏莉が居場所を教えてくれたのだと思う。



 人形店の主人は、事情を話すと快く人形を譲ってくれた。正当な代金を払うと言っても受け取ってはくれなかった。


「この子達は、きっとお母さんの所に帰りたくて貴女を呼んだのでしょう」


 不思議なこともあるものです、と店主は微笑んだ。

 




 しかし、杏美に起きた奇跡はこれだけではなかった。

 庭から鈴の音が聞こえる。音の正体を確認しに外へ出た杏美が見つけたのは、マロンにそっくりな子犬だった。

 その子犬がじゃれついて遊んでいたのは、見覚えのある首輪。

 今、マロンの長い長い旅が終わったのだ。


「……今度こそ、本当にお帰り。マロン」

「アンッ」


 それが自分の名前だというように、子犬が尻尾を振りながら駆け寄ってくる。

 涙が止まらなくなった杏美を慰めるように、子犬が杏美の手を舐める。

 子犬はやせ細っており、首輪もしていない。


「お前、帰る家がないならうちの子になる?」

「アンッ」


 新聞などでも探し犬の記事はなく、子犬はそのまま新しい家族になった。

 子犬は最初に聞いたマロンという名を自分のものだと決めてしまったようだ。名づけをしようといくつか考えてみたが、マロンという名前以外には反応しなかった。

 以降、その子犬もマロンと呼ばれることになる。



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