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配達人~奇跡を届ける少年~  作者: 禎祥
二通目 水没の町
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19

「これで、良かったんだよね?」

「ああ、お爺さんもシロも満足そうだったろう? きっと天国に行けるさ」


 泣きながら呟く僕の言葉に、要が頭を撫でながら答えてくれる。

 お爺さんとシロにとっては記憶の中の陽だまりの縁側こそが天国で、ずっと共に過ごすのだろう、と。


「骨、なくなっちゃたね」

「そうだな」

「お墓、作れない?」

「そんなことはないさ」


 ベンチの上に残された首紐を要がそっと拾い上げる。

 鈴は錆びついてしまっているせいか音が鳴らない。


「お爺さんのお墓に入れてくれるって。一緒のほうがシロも喜ぶと思わないか?」


 いつの間にかおばさんと連絡を取っていたようだ。

 要は首紐を再び大切に包むとお爺さんとシロが消えていったダムに向かって手を合わせたので、僕も慌てて真似をした。



 その後連れていかれた墓地ではおばさんが待っていてくれて、納骨スペースにシロの首紐を入れさせてくれた。

 お線香を供えて手を合わせる。


「今日は、無理を聞いてくださってありがとうございました」

「ました」


 頭を下げる要の真似をして僕も頭を下げる。


「いいえ、シロの事はお父さんから何度も聞いていたの。見つかって良かったわ」


 きっとお父さんも喜んでるはず、と言うおばさんの言葉に僕は喜んでたよと言おうとしたけれど、要に手で止められた。




 家に帰ってからも泣き続ける僕を要がずっと傍にいてくれた。

 慰めるように頭を撫でてくれる手は大きくて温かくて。

 その手が触れる度に、何も言わずにただ傍にいてくれている要の考えていることが伝わってくる。


(よく頑張ったね)


(これで良かったんだよ)


(義夫さんもシロも満足そうに笑って逝ったのは香月が頑張ったからだよ)


(香月がいなければ、義夫さんもシロもずっと迷っていたかもしれない)


(香月がいてくれて、香月にその力があって本当に良かった)



 僕の力を、今まで気味悪がられ続けてひた隠しにしていた力を、要が肯定してくれる。

 実の両親から化け物と呼ばれて捨てられた僕を要が受け入れてくれる。

 たった一人、友達と思っていたお爺さんがいなくなってしまったのは悲しいけれど。

 最後に見たお爺さんの笑顔が、シロの嬉しそうな顔が要の言葉と共に蘇る。



 ……これで良かったんだ。僕は僕にできる最善の事をした。


 悲しいけれど、どこか誇らしいような気持ちに包まれて眠りに落ちた。




 ――また夢を見た。


 僕の住んでいる家が、街が水の中に沈んでいる。

 暗い顔でゆらゆらと漂う人たちの姿。

 僕が触れると、笑顔になって光射す上へと消えていく。


(ああ、この人たちは……)


 きっと水のように見えるのは苦しみや悲しみ。

 この世は死者で溢れている。


 これが僕にしかできないというのなら。

 これが僕に与えられた使命だというのなら。



 僕が全て救おう――





「って感じでね。僕は自分の力を受け入れられたの。この力を誰かのために使おうって」


 その後すぐ楓に僕の能力を打ち明けたら、何ですぐに言わなかったんだって怒られたっけ。

 でもそれは僕を気味悪がっているとか怖がっているとかじゃなくて、僕が悩んでいた時に力になれなかったことが悔しいって。

 全面的に協力するって本心から約束してくれた。

 要と楓は雰囲気は違うけれど、温かくて優しくて、僕を受け入れてくれるのは同じだった。


「それで、ただ幽霊を見せたりするとまた僕が傷つくからって、シロの骨に触れさせたみたく、何かその人の思い出の物を使おうって要と楓が色々協力してくれて、今の配達人になったってわけ」

『ううぅっ、シロ、良かったねぇ……』


 僕が配達人となった経緯を聞きたがったので話したら、竜樹さんはボロ泣きしてしまった。

 優し気な雰囲気だと思っていたけれど、情にも厚い人物だったようだ。


『しかし坊や、すごく苦労してきたんだねぇ』


 それなのに誰かのためにその力を揮おうと決意したのは偉い、と泣きながら褒める竜樹さんに僕は照れくさいような恥ずかしいような、ちょっと居心地の悪い気分になる。


「それでね、その後色々な依頼を受けるようになって、色々なものを探して届けて、幽霊になった人たちの想いを伝えていったの」


 それはホームレス生活を送るようになったおじさんが最期まで大事にしていた家族の写真だったり。

 水の事故で亡くなったお兄さんが恋人に贈るはずだった指輪だったり。

 たくさんの想いを届けていく中で、僕は自分の身体を貸せる事も知ったし、そうすることでもっとはっきり姿を見せられるって事も知った。


 要と楓がサポートしてくれるから、できることもだいぶ増えたし、学校でも上手くやれている。



『うんうん、良かった。本当に良かったよ。……それで、坊やの本当のご両親は?』

「…………知らない」


 嘘。本当は知ってる。

 どこにいるか、どうしているか。


『……ねぇ坊や。君はたくさんの人の悩みや苦しみを解決してきた。そろそろ、君自身の苦しみを解決したらどうだい?』

「僕の、苦しみ……」

『本当はこうありたいって、望みはあるんだろう?』

「…………ないよ。僕は要と生きていく。要が僕を受け入れてくれるから、今幸せだよ?」



 ちくり、と胸が痛んだ気がした。


『そうか……いや、坊やが幸せだと感じているなら良いんだ。じゃあ、僕はもう逝くよ。夏樹たちのこと、本当にありがとう』


 元気でね、と優しく微笑んで手を振ると竜樹さんは光に包まれて消えていった。



「僕の、本当の望み……か……」



 そろそろ自分と向き合わなければいけない時が来たのかもしれない。

 僕は薄暗くなった部屋でそう思った。







~水没の街・完~


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