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配達人~奇跡を届ける少年~  作者: 禎祥
二通目 水没の町
31/64

13

 ボートから大きな櫂を外し、大島さんがコン、と櫂の柄で階段を押すとゆっくりボートが階段から離れていく。


「あっち」


 僕は、シロとお爺さんの記憶で覗いた建物がある方角を指さす。

 シロもずっとそちらを見つめているので間違いなさそうだ。


 完全には抜けきっていない水の上を、大島さんが力強くボートを漕いで進んでいく。


「今は、どのくらい水が抜けてるいるんですか?」

「ああ、今は全体の7割ってとこだな。予定だと、ここまで抜けるのは今日の昼ぐらいだったんだが……」

「予定より水が抜けるの早いと、何か問題あるの?」


 要の言葉に、大島さんがボートを漕ぎながら答える。

 早く抜ける分には、工事が早く進められて良いんじゃないかって思うけど。


「何かって、そりゃ坊主、水が予定より多く下流に流れたら、大問題だ」

「水の勢いが多すぎて、川が氾濫……水が溢れちゃうってこと」


 大島さんの言葉を継いで、要が僕にもわかるように教えてくれた。


「まぁ、下流にも堰せきがあって、水門担当が管理してるからその辺はそうそう問題は起こらんさ」

「じゃぁ、何が問題なの?」

「予想よりも、生き物が多かったって事さ。バカが放流しやがったんだろうな。急にたくさんの水を抜いたら、住む場所が急に狭くなって、密集する。酸欠状態にもなる。そうなりゃ、魚のほとんどは死んじまう」


 魚ってのは、ストレスに弱いもんなんだ、と大島さんが教えてくれる。

 それだけじゃなく、捕獲された魚たちの受け入れ先の確保も大変らしい。

 外来種であれば、食材として地元の料理屋が引き取ってくれたりもする。

 けれど在来種は、希少な生物ばかりで死なせるわけにはいかないと、引き取り先が見つかるまで目を光らせていなければいけないらしい。


 その後も大島さんは色々ぼやきながら、僕の示す方向に向かてボートを漕いでくれた。

 僕はシロの見つめる方角を確認しながら大島さんに進行方向を教える。

 そうして、とうとうその建物にたどり着いた。


 お爺さんの家は、二階建ての木造建築だった。

 記憶で見た通り、とはとても言えない状況だった。建物は、今にも倒壊寸前というのが一目でわかる。屋根は大きく湾曲し、屋根瓦が一部落ちてしまっていた。


 少しだけ水面から覗く一階部分も壁の一部が外側に向けてべろっとめくれ、とげとげしい板がこちらを向いている。

 水中ではなんとか形を保っていたのが、水が抜けたことでその自重で潰れかけているのが見て取れる有様だった。


「ダメだ、香月はここで待っていなさい」


 崩れた壁から中に入れそうだ、と一階部分の屋根より若干低い玄関の屋根瓦に片足を乗せようとした僕を要が引き留めた。

 グイっと引っ張られたことでボートに尻餅をつき、その衝撃でボートが大きく揺れた。


「でも要、体の小さな僕が行くのが一番だと思うの」


 中に入れそうな穴は、あまりにも小さい。

 それに、今にも崩れそうな建物が、どのくらいの重さに耐えられるか……。


「香月に危ないことさせたくないの。わかって」

「でも……」

「でもじゃない。俺が行くから」

「本庄先生、俺の体重だとダメだ。本庄先生なら、(はり)を踏み外さなきゃギリギリ行けると思うが……」


 要が僕を説得している間に、大島さんが足場となりそうな出窓の屋根瓦に体重をかけて強度を確認したようだ。


「それじゃぁ、香月をお願いします」

「おう、絶対、無茶すんなよ」


 ドカッと壁を蹴り穴を広げ、再度念押しをしながら大島さんが要へボートに積まれていた太めのロープを渡す。


「万が一の事があれば、それを引いてくれ。救助を呼ぶ」

「そんな事になったら、大島さんだってただじゃ済まないでしょう。気を付けますよ」

「そうしてくれると助かる」


 要は心配いらないと言いたげに微笑むと、ロープを腰に巻く。

 道案内のつもりなのか、シロがスルリと壁の中へと消えていった。


「要、待って!」


 僕は屋根瓦に足をかけようとする要の手を慌てて取る。


「大丈夫だよ、香月。大島さんと大人しく待ってて」


 要は僕が不安がっていると思ったようだったけど、そうじゃない。

 要の手を握る手に力を籠める。

 この手を放しても、シロが見えますように、と願いながら。


「おまじない。要が無事に戻ってきますようにって」


 きっと、シロが目的の場所を知っている。

 だからシロ、お願い。要を安全にその場所まで連れて行って。

 そして必ず、要を無事に戻して。



(うん、わかったよ。シロを追えばいいんだね。大丈夫だから)



「!」

「ありがとう、香月。あまりモタモタしてても、人が集まってきちゃうから。もう行くね」


 なんと、手を握っている間強く思うと、僕が思っていることも伝わるらしい。

 ちょっと照れくさそうに笑いながら、要が今度こそ本当に屋根瓦に足をかける。

 そして、ちゃんと戻ってくるから、と振り返って微笑むとスルリと広がった穴から中へと入っていった。


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