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配達人~奇跡を届ける少年~  作者: 禎祥
二通目 水没の町
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4

「おお、本庄先生! 今日はどうしたんで?」

「先生?」


 お爺さんが要に気付いて驚いたような、少し嬉しそうな声をかけてくる。

 要の職業を知らなかった僕がその言葉に驚いて要を見ると、要は僕に微笑んで後でね、と耳打ちするとまたお爺さんと向かい合う。


「義夫さん、うちの子と仲良くしてくれてたんですってね。ありがとうございます」

「坊主じゃないか! 本庄先生んとこの子だったのか! ああ、そういや名前も聞いてなかったな」

「香月だよ。お爺さん、最近見晴らし台に来なかったから……」

「心配かけたようですまんな」


 皺くちゃな大きな手で頭を撫でてくれる。

 一瞬ビクっとしてしまったけれど、特に何もお爺さんの考えは流れ込んでは来なかった。


 物に触れる時はよほど強い感情でない限りは意識しないと読み取らない。

 でも生きている人に触れた場合はたいてい何を考えているか勝手に流れ込んで来てしまう。


 ほとんどの人は、言っていることや表情と違う事を考えていて気持ち悪い。

 その矛盾した言葉をうっかりポロリと言ってしまって、僕は実の両親から化け物と呼ばれ恐れられて捨てられるはめになったんだ。


 触れられるのが怖いのは、その言動と真逆の感情を知ってしまうのが怖いからだ。

 感情を読み取ったことを知られて、拒絶されるのが怖いからだ。


 だけど、たまにこんな風に何も伝わってこない人もいる。

 僕の能力の事を知っていて何も考えないようにしている人とか、感情の起伏が薄い人とか、そもそも何も考えていない考えるより先に行動してしまう人。

 お爺さんはたぶん後者だと思う。


「それにしても先生にこんな大きな息子さんがいたなんてねぇ。先生、坊主が毎日学校サボってるけど良いのかい?」

「勉強は家でもできますからね、行きたくなったらで良いんです」

「そうは言ってもね、ほら、友達とか。」

「お爺さんがいるから、いいの。他はいらない」


 名乗ったのに変わらずに坊主と呼ぶお爺さんは、僕がサボっている事を要に忠告する。

 要が体裁を気にするような保護者でなくて良かったと思う。

 何も事情を知らない人はお爺さんみたく学校へ行くのが当然だと言う。それに対して、深く事情は話さずきっぱりと相手の言葉を否定してくれるのだ。

 それでも、お爺さんはお爺さんで僕の事を心配していってくれてるって今ならわかるから、食い下がるお爺さんに口を挟んだ。


「あらあらまぁまぁ。坊や、そんな事言っちゃダメよ。学校はちゃんと通わなきゃ」


 お茶とお菓子を持ってきてくれたおばさんがやり取りを聞いていたらしく、口を挟んでくる。


「学校じゃなきゃできない事がたくさんあるのよ?」

「……例えば?」

「そうねぇ。お友達と遊んだり?」

「友達ならお爺さんがいるもん」

「そうじゃなくて、同い年のよ。競い合ったりして、人と接することを学ぶの」

「………学校に行くとね、気持ち悪いって言われるの。物を隠されたり、壊されたり、叩かれたり。やり返すと、僕だけが悪い事になるの。先生も、僕に問題があるから悪いって。自業自得だって。ねぇ、自業自得って何?」


 僕は何もしていない。僕は悪くない。なのにいつだって僕だけが悪者で。

 苛立つ感情のまま口早に言うと、おばさんは何も言えなくなってしまった。

 わかってる。これは八つ当たりだって。おばさんを言い負かしたことで少しだけすっきりして、同時にちょっと悪いことしちゃったな、と思った。

 気まずくなっちゃったところに要が助け舟を出してくれた。


「そういう訳なので、勉強さえしていれば後は自由にさせているんです。大人とばかり関わるので少し子供らしくはないですけど。何だかんだ周りの大人が構うので、大切な事なら自然と身についていると思いますよ」

「そうは言うけどなぁ。儂もずっと傍にいてやれる訳ではないしな。やっぱり同年代の友人は必要だぞ」

「本当ですよ、お父さん。倒れてるの見つけた時はすごく慌てたんですからね」

「倒れてたの?! 大丈夫?!」

「ただの風邪さね。大げさなんだよ。もう治ったって言ってんのに出かけるなって。体が鈍っちまうわ」


 ああ、だから来た時ムスッとしてたのか。


「義夫さん、熱下がったのいつですか?」

「今朝だが……」

「じゃぁ、娘さんを安心させるためにもあと二、三日は安静にしておいてください。この時期は特に、暑さ対策と水分補給も忘れずに」


 要が珍しく少し低い声で言い聞かせる。笑顔なのに、ちょっと怖い。

 これにはお爺さんも気圧されたようで素直に頷いていた。


「それじゃあ香月、病み上がりの人に無理させたら良くないから、来たばかりだけど今日はお(いとま)しようか」

「うん。また来ても良い?」

「おぉ、いつでもおいで」


 遊びに来て良いか聞いたら凄く嬉しそうに笑ってくれた。

 おばさんが慌てたように袋を持ってきて、出してくれたお菓子を入れて持たせてくれた。


 玄関を出ようとした時だった。

 ちりん、と鈴の音を鳴らしながら、するんと足の間をすり抜けいく白い影。

 赤と花柄の和布をより合わせたリボンをつけた真っ白い猫が駆けていった。


「シロ?」


 それは、お爺さんの記憶を通して見た猫にそっくりだった。

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