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配達人~奇跡を届ける少年~  作者: 禎祥
一通目 夜空の虹
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『…………き。……夏樹 』


 誰かの呼ぶ声に目を覚ます。

 低い声なのに聞きやすい、どこか懐かしい優しげな声。

 ベッドから身を起こし声の主を探す。

 自分の部屋の中なのに現実感はない。

 まるで画面越しに見ているような感覚に、これは夢だ、と思う。


『夏樹』

「……誰?」


 なおも呼ぶその声に答えると、ふいに目の前に男性が現れた。

 見覚えのあるその顔は。


「父さん……?」


 父さんが写真と寸分変わらない柔らかな笑顔で私を見つめている。

 その笑顔に、一瞬で視界が滲む。


『大きくなったね、夏樹。手紙を受け取ったよ。何もしてやれなくて、ごめん。父さんのせいでだいぶ苦しませてしまったね』


 困ったような、悲し気な笑顔。


「ううん、父さんのせいじゃないよ。父さんは、何も悪くない」


 ただ、失ったその存在が我が家にとってあまりにも大き過ぎただけ。



『辛かっただろう』


 父さんの手が私の頭にそっと触れる。


『苦しかっただろう』


 私の頭をゆっくりと撫でる。


『痛かっただろう』


 同じように一言一言ゆっくりと話す。


『悲しかっただろう』


 私のこれまでを労わってくれる。


『寂しかっただろう』

「うん」


『よく、頑張ったね』

「うん……っ」


 

 その言葉に、うん、うん、と頷く事しかできない。

 声が全て涙に変わってしまったかのように感じた。

 父さんはそんなボロボロと涙を溢す私の頭を微笑みながら静かに撫で続けてくれていた。



『父さんな、夏樹に、どうしても渡したいものがあったんだ』


 落ち着いたのを見計らったように、父さんが言う。

 手を出してごらん、と言うので伸ばした手に乗せられたのは、一台のカメラだった。


『遅くなったけど。誕生日おめでとう』


 十四年越しの、プレゼント。本当は別の物を用意していたらしいが、事故の時にどこかへ行ってしまったらしい。

 よく見ると、カメラのレンズにひびが入っている。


『見てほしいのは、中の写真だ。父さんが、最期に撮った物』


 愛おしそうに頭を撫でながら、写真の説明をしてくれた。


『夜空の虹って知っているかい? 父さんは、最期にそれを撮ったんだ』


 夜に、虹なんて出るの……?


『夜空の虹を見た人は、幸せになれるって言われているんだよ。だから、夏樹に見せたかった』


 幸せ……?


「そんなの、嘘だよ。だって、父さん、死んじゃってるじゃない……」

『そうか。そうだね。でもな、父さんは死んだ事を不幸だなんて思ってはいないよ。やりたい事をやり切って、大切な家族もできた。最期の最期に希少な現象も見れた。死んだ後も、こうして成長を見守れて話もできた。父さんは間違いなく幸せだったよ』


 良い人生だった、と父さんは笑う。

 この涙は悲しいのか嬉しいのか、それとも全く別の感情によるものなのかは自分でもわからない。

 涙を止めることができない私に父さんは続ける。


『父さんが事故を起こした時もね、痛くて苦しくて動けなくて。でも、夜空の虹が見えた途端、楽になったんだ』


 父さんは死ぬ間際に夜の虹を見たと言う。最期の力を振り絞って、持っていたカメラのシャッターを押したのだと。


『夏樹はもう、自分の力で生きていける。辛いことも悲しいこともたくさんあった分、他の人よりも嬉しいこと、幸せなことに気付ける。他人を思いやれる。そうだろう?』

「うん」

『もう幸せになって良いんだよ。自分を責めたりしなくて良いんだ。夏樹は何も悪くない』

「うん」

『自分の思う通りに生きてごらん。父さんは夏樹がどんな道を選んでも、ちゃんと見守ってるし応援してる。夏樹がもし、自分のせいで父さんが死んだなんて思ってるなら、父さんの分まで幸せにおなり』

「うん……」


 言いたいことはもっとたくさんあるけれど、もう時間がないと父さんはだんだん透けていった。


『忘れないで、夏樹。夏樹は何だってできる。その力がある。大丈夫。幸せになるんだよ』




 朝。窓から差し込む光が顔に当たって目が覚める。

 視界に飛び込む見慣れた天井に、あれはやはり夢だったのだろうと思う。

 一筋の涙が零れたのを手で拭う。

 残されたのは、一抹の寂しさ。そして、希望。



 夢でもいい。父さんに会えた。

 幸せになれと言われた。

 応援していると。見守っていると。

 その想いに少しでも報わなければ。



 泣き腫らして火照る顔を両手でパチパチと叩いて気合を入れるとベッドから這い出す。

 かつてこんなにも一日の始まりが清々しい事があっただろうか。

 これから始まる一日が愛おしく、自然と頑張ろうと思える日が来るなんて思ってもみなかった。

 ほんの少し冷える空気が火照った顔に心地良い。


 背伸びをした時にふと自分の机が目に入った。正確には、その上にポツンと置かれた一台のカメラ。

 ひびの入った少しごつい一眼レフ。夢の中で父さんに渡されたものだ。


「……父さん」


 夢じゃ、なかった?

 父さんは本当にここに来ていた?


 その存在を確かめるようにカメラを抱きしめると、また涙が止めどなく溢れてくるのだった。


「頑張って生きるよ。見てて、父さん」


 絶対に幸せになる。父さんに恥じないように。

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