第十八話 人生形成
正直、樹という人間のことを今まではよく知ろうとせず、謎に包まれたままだったのだが、家族のことを聞いたらヤツはためらいもせず一気に喋り始めた。
「俺が小学生の頃、親は別居してたんだけど、中学に上がった頃には勢いで離婚してたな」
俺は甘いものがあまり好きではないのだが、樹がワッフルを食べたいと言うので女性だらけの店に立ち寄ることになってしまった。
樹と二人は気が重いので佐久間に協力を求めたのだが、ヤツは最近電車に目当てのS女の女の子がいるらしく、さっさと先に帰ってしまった。
意外と薄情だ。
「俺の母親はどこかの資産家と結婚する予定だったけど、父親が奪って逃げたらしいよ」
「・・・。そうか」
人を不幸にしておいて結局父親は長い間単身赴任で家にいず、その間母親はよその男と父親のことを裏切り続け、二人の仲は破綻してしまったのだと樹はまるで他人事のように語った。
「子どもがいるのに自制できなかったのかね~」
「大変だったんだな・・・」
何と言ったらいいのか分からず、当たり障りのないことを言ってしまう。
「俺はきっと何かを失っちゃってるんだよ」
「え・・・」
先ほどから愉快そうな顔つきになってきた樹は、俺の顔をじっと見つめると、刀哉も佐久間も分かっているのだろうと言った。
「樹・・・」
何を言わせたいのだと俺は段々恐怖のような思いに駆られ、ヤツから目を反らすことができなかった。
自分を表現する適切な言葉を探しているような顔をして、樹は首を捻った。
「除外したくなるんだ」
大真面目な顔をして樹は自分の親のように品がなく、恋愛に対してお気楽な人間を目にするとと付け加えた。
「ごめんな刀哉。おまえの彼女が電車の中で私を選んで~!っていう顔でおまえを見てたときも正直背筋がゾッとしてた」
樹が自発的に自分の家族や考えを述べたけれど、俺にはさっぱり解決策が見当たらなかった。
最初は人違いかと思ったのだが、彼氏彼女にしては不釣り合いに見える人たちが歩いているなぁと感じていると、男の方は兄だった。
普段から見ていると分かるのだが、兄の中に内在するもう一人の人格が私といるときには出てくることがない。
「当たり前だろ」
ぶっきらぼうな口調で兄はバイト先の女の子とみられる高校生の子と駅前を歩いている。
私は兄に悟られないようにもう少し二人との距離を開けて歩くことにした。
満面の笑みを浮かべながら兄の腕にしがみつく女子高生を見ながら、やめてよねと思った。
本当の兄を知りもしないくせに、あんなにベタベタして、恥じらいはないのだろうかと不快になった。
不意に私の少し前方に私同様男子高校生が二人から少し距離を開けて歩いていることに気が付いた。
体を前傾にしているが、ときどき首を伸ばして二人を観察しているように見える。
その人物が誰だかわかったとき、私は一瞬我が目を疑ったのだが、思い切って彼の肩を叩いた。
「あの・・・、刀哉くんのお友達ですよね」
彼は振り向いて私を目にすると、はっとした顔をしたが、私を見覚えのある人だと思ったようで、ああと言って意味深な表情をした。
初めは自分の正体を認めようとしなかったので、樹くんですよねと強めに問うと、まあそうとも言うねと降参した。
「あの女の子、知り合いなんですか?」
すると樹はあの男って君の彼氏か何か?と逆に質問してきた。
答えに迷ったのだが、正直に兄だと答えた。
すると彼は疑わしそうな顔をして本当?と聞いて来た。
なんだか調子が狂う人だなと思いながらも本当ですと答える。
「お兄さんはあんな色気のない女のどこがいいんだろうね」
彼の発言に戸惑い、私はあの女の子が兄に夢中なだけで、兄は迷惑そうですけどと言った。
それを聞くと樹は頬をゆるませてははっと笑った。
「可哀相だな、あいつ。きっと男にぞんざいに扱われる運命なんだ」
一応あなたの知人なんですよねと問うと、彼はまあねと言った。
「でもあいつといても全然楽しめないんだよね」
駅ビルの手前で一言二言交わすと、別々の道を歩きだした兄と女の子を目で追いながら、私は彼に言った。
「それはあなたが彼女に対してバリアを張ってるからじゃないですか?」
樹はそうかもねとくすくす笑った。
「君もその一人じゃない?」
「何がですか?」
「他人のこと信じるのって難しくない?」
簡単ではないが、頑張って心を開くようにしているのだと私は言った。
「そうじゃないと前に進めないですよ」
彼はやれやれという顔をして俺そろそろ帰るわと回れ右をした。
「ま、教えてくれてありがとう」
自分には関係ないと強がっているように見えたが、彼の本来の姿を垣間見れたような気がした。
不思議なことに、彼との間に後味の悪さはなかった。
始動しました(^.^)




