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一足遅れてプレイボール!!

『よっしゃー! 今度こそ前に飛ばすぞ――って、ギャアッ!?』


 (ゆう)曜子(ようこ)とともにベンチ裏からグラウンドへ戻ると、光里(ひかり)がお尻のあたりをおさえてバッターボックス内でうずくまっていた。どうやら死球をくらったらしい。

 その様子をベンチで見ていた、欧米風の出で立ちの金髪野球部員がすぐさま光里の元へ駆け寄る。

 

「ヒカリ! ダイジョウブですか!? おしり冷やしマスか?」

「大丈夫大丈夫!! 私の尻肉は丈夫だから。ありがとね、エミリー」


 金髪美少女――エミリーが差し出した手を掴んで、よっこらせと立ち上がる光里。

 そんな仲睦まじい二人の様子をネクストバッターズサークルからつまらなそうに見ていた少女が、茶々を入れる。

 少女はなぜか黒いマントを頭に被っていて、その全貌を把握できない。

 

「フン。それくらいで膝をつくとは情けない。雷神の光足(ライジング・ソニック)の名が泣くぞ、光里!!」

「ライ? ソニ? 何それ……?」

「ライジング・ソニックだ!! この二つ名は、雷神とライジングをかけていて――」

「はいはい、次はヤコの打順なんデスから、早く行ってくだサイ」

「のわッ!? 我を押すでない、エミリー!」


 エミリーが、黒マントの少女の背中を押して打席へと送り出す。

 エミリーはすぐにベンチには帰ろうとせずに、光里に寄り添うようにして一塁へと向かった。

 その様子を黒マントの奥から恨めしそうに少女が見つめる。


 光里とエミリーはしばらく話し込んだあと、最終的には死球をくらったほうの光里になだめられるようにして、ようやくエミリーが一塁側ベンチへと帰ってきた。

 一塁ベース上では、光里が足の状態を確かめるようにしてピョンピョンと跳ねている。

 その様子を見るに問題は無さそうだ。


「エミリー。光里は大丈夫そう?」


 曜子が、屈伸する光里を心配そうに眺めながらエミリーに聞く。


「あの感じならたぶんダイジョウブだと思いマス。一応痛かったら走らないように言っておきマシタ。……それより、ロボ子ちゃんの代わりの子はどうなったんデスカ……?」


 曜子の(かたわら)で隠れるように立っていた優に、エミリーが不安そうな視線を送る。


「そのことなんだけど、助っ人を快く引き受けてくれることになった!」


 自信満々な笑顔を浮かべる曜子に対し、すぐさま優が反応する。


「ちょっと曜子先輩! 私が出るのはこの新歓試合だけですからね!?」

「も、もちろんもちろん! そういうわけだから、みんな。優のおかげで今日の新歓試合を続行できることになったからちゃんと後でお礼言っとくようにね!」

「「はーい」」


 どこか覇気のないベンチメンバー(コーチャーやらバッターやらでベンチには数人しかいなかったが)の返事に、優は少しムッとなりながらも、さっきの今でやっぱりやめますとは言えない。優は、ため息をつきながら、ベンチに置いてあるメンバー表をもう一度確認した。



1番 センター 星宮 光里

2番 ショート 天童 夜子

3番 ライト  鈴森 紗月

4番 ファースト 倉敷 曜子

5番 サード  村田 優

6番 セカンド エミリー・ナックル

7番 レフト  美輪 玲奈

8番 ピッチャー 八千代 千鶴

9番 キャッチャー 早乙女 朱夏



 やはり自分の名前がスタメン表に載っているのは違和感があるなと思いつつ、優はスタメン表を頼りに、一人一人の顔と名前を一致させていく。一応これから始まる高校生活において先輩ということになるので、失礼のないようにだけはしていきたい。

 女子高生たるもの、先輩とも仲良くしておいた方が何かと都合がいいのだ(女子高生語録より抜粋)。


「どれどれ……、げっ、千鶴(ちづる)先輩がピッチャーなんだ」

「げっ、とはなんだ失礼な」


 パソコンをカタカタと走らせ、ロボ子の修理をしていた千鶴が突っかかる。

 千鶴の隣に座るロボ子は、相変わらず眠ったように動かない。


「いやー、まあ性格的にピッチャーっぽいですもんねー、千鶴先輩」

「ホント!? いやー照れるな~」


 嫌味のつもりで言った優の言葉を自分勝手に変換して照れ始める千鶴。

 たしかにこの人の能天気っぷりはピッチャーに向いているな、と優は感じた。

 優はヘヘヘとにやけている千鶴を無視し、再度スタメン表に目をやる。


「サードコーチャーをやっている眼鏡の人が朱夏(しゅか)先輩……ファーストコーチャーが変態――じゃなかった玲奈(れいな)先輩で……」

「Oh! 先輩の名前を覚えようとするナンて、素晴らしい心がけデス!!」


 空いていた優の隣に、ブロンドのロングヘア―をなびかせてエミリーが座る。

 そのサラサラヘアーがふわっと跳ねるたびに、甘い香りが優の鼻腔をくすぐる。

 青い瞳に目鼻立ちのくっきりした顔。エミリーは、日本人には到底真似できない美しさを放っていた。

 優はその見事な美人っぷりに少々気圧されながらも、口を開く。

 

「えっと……エミリー先輩、ですよね」


 いや、どう考えても目の前にいる人がエミリー先輩というのは分かっていたのだが、なぜか緊張してしまい、どうでもいい質問をしてしまった。外国人の人と話すとき、きれいな人と話すとき、そういう時に感じる緊張が一気に押し寄せてきたみたいだ。

 まあ実際エミリー先輩はきれいな外国人なんだけどね。


 エミリーはそんな優の緊張を読み取ったのか、その整った顔に柔和な笑みを浮かべる。


「えぇそうデスよ。えっと、ムラタ……ユウちゃん! ワタシの名前はエミリィーナッコウデース!」

「え? エミリーナ……軟膏?」

「違いマス! ()()()()()()()()()デ~ス! よろしくお願いしマスね!」


 エミリーのたまに出てくる流暢な英語の発音に戸惑いながらも、優はエミリーから差し出された手を握り返した。恥ずかしさのあまり、少々逃げ出したくなったが。

 エミリーが横で見守る中、優は再びスタメン表に視線を落とす。


「光里先輩と曜子先輩は大丈夫……。ん? 鈴森(すずもり)……紗月(さつき)先輩?」

「Ah ! サツキならベンチの隅に座ってるあの子デスよ」


 優が鈴森紗月という聞き覚えの無い名前に目を細めていると、エミリーが唯一日陰になっているベンチの隅を指さした。その先には、無造作に毛先をカールさせたショートカットの女子がけだるそうに座っている。

 彼女は、優たちの視線に気づくや否や、「はあ……」とため息をついて、だるそうにベンチを出て行ってしまった。


「アハハ……。サツキは少しキムズカシイ? ブッキラボー? フシギチャン? なところがありマスから気にしないでくだサイ」

「紗月先輩は不思議ちゃんとは違う気がしますけど……。不思議ちゃんっていうのはああいう人のことを言うんじゃないですか?」


 優は、さっきからどうしても気になっていたバッターボックスの方に目線を移す。

 黒いフードを目深にかぶったマントの少女――天童夜子(てんどうやこ)と審判が何やら問答を繰り広げている。優がスタメン表を見るくだりから、今の今まで試合が一向に進んでいないのは、あのいざこざのせいなのだ。


「そのマントはいったい何だ! 整列の時は見逃したが、試合に参加するのならそれは脱いできなさい!!」

「だからさっきから何度も言っているだろう! このマントを取ったが最後、我の封印が解かれるのだぞ!」

「訳のわからないこと言ってないで、審判の言う通りにしなさい! これ以上遅延行為を続けるのなら退場にするぞ!」


 埒が明かない無意味なやり取りに、審判が夜子に対して怒気を強める。

 さっきまで高慢な態度をとっていた夜子が、審判が発した”退場”という単語を聞いた途端に縮こまった。


「た、退場だけは勘弁してくれませんか……」


 ズコッ。

 夜子のあまりに急変した態度に、優はその場に崩れ落ちた。

 夜子は審判に言われた通り、いそいそとマントを脱ぎ始める。

 外界に露わになる夜子の素肌。その肌は透き通るように白く、透明さすら感じさせる。そして、それ以上に目を惹くのは、片方をメタリックなアクセサリーでまとめたサイドテールの銀髪。その色素の薄い髪の束が太陽光を反射してキラキラと輝いている。夜子の華奢な体躯も相まって、野球と縁が無いどころか、地球人というのすら危ぶまれるような儚さすら感じさせた。


「その首輪とブレスレットも外しなさい」


 マントを外して打席に入ろうとする夜子を再び審判が制止する。もう疲れたと言わんばかりの呆れ顔で夜子を見ている。


 夜子のユニフォーム姿は、確かに違和感があった。

 首には十字架が中心にあしらわれたチョーカー、そして両手首にはギラギラと輝く銀製のブレスレットをはめている。”蒼美”という文字が胸に入ったユニフォームとのコントラストが、更にそのいびつさを際立たせる。

 マントを外したのにも関わらず、尚も文句を言われたのが気に食わなかったのか、夜子が審判に負けじと噛みつこうとする。


「こ、これは首輪などではない! 我が内に眠る暗黒神の魔力を封印するためのアイテムで――」

「外しなさい」

「う……ひゃい」


 瞬殺だった。

 審判の「同じことを何度も言わせるな」という怒りの眼光に威圧され、夜子は小動物のように縮こまりながらも、急いでブレスレットを外す。

 しばらくして、夜子が黒マントと両手につけていた銀のブレスレット、首元につけていたチョーカーを外しながらとぼとぼとベンチに戻ってきた。

 その様子を見たエミリーが呆れたように話しかける。


「言ったじゃないデスか~。そのギラギラしたのは危ないからダメだって」

「だからこうしてマントでカモフラージュしようとしたんだろうが!」

「どうしてヤコは、そうやってより奇抜な方向に進んでいっちゃうんデスか……」


 夜子は、呆れ顔のエミリーに暗黒神封印セットを押し付け、重そうにバットを引きずりながら、再び打席へと向かう。そしてどこか不機嫌そうな顔のまま、バットを担ぐようにして右打席に立った。


「あの~、曜子先輩?」


 担いだバットをよろけながら支えている夜子を見た優が、打席の準備を始めていた曜子に質問する。


「どうしたの? 優」

「夜子先輩って、野球経験者ですか?」

「違うけど……何で?」

「やっぱり……」


 優は夜子に似た構えの人間を何度も見てきた。具体的には、体育のソフトボールの時に『こんなの重くて持てなぁ~い』と猫なで声で、男子に向けてか弱さアピールをする女子。

 少し力を入れればバットくらい持ち上がるのに。

 もし本当にそこまで非力なら日常生活に支障が出るレベルだぞ……と心の中でずっと思っていた。

 でも、きまって男子にモテるのは、波打つスイングで空振り三振するような女子だった。


 そんな悪しき過去の記憶と重なる夜子を疑心と蔑みに満ちた面持ちで見ていた優に、


「でもね、夜子ちゃんは未来予知ができるんだよ!」


 と、ベンチの後ろで相変わらずパソコンと睨めっこしていた千鶴が、けのびをしながらニヤッと口元を曲げた。優は、またこの人は訳の分からないことを言っているな、と呆れながらも千鶴の話に一応乗る。


「未来予知? よくわからないですけど……そういう設定、ってやつですよね。中二病とかいう」


 あの猛々しい言い回しといい、チャラチャラしたアクセサリー類といい、夜子という人間は優の中二病に対するイメージそのまんまの人物像であった。あのバットの構えも『力が封印されてて~』みたいなやつで、きっとその未来予知とやらも夜子が演じる中二病キャラの設定でしかないのだろう――と、優が考えていると、千鶴が急に声のトーンを落として静かに呟いた。


「私も、非科学的な物はなるべく信じないようにしてたんだけどね……夜子ちゃんの未来予知は――ホンモノだよ」


 妙に説得力のある千鶴の物言い。

 ロボ子を作り上げるほどの科学原理主義的な思考を持つ千鶴が、非科学的事象の代表とも言える未来予知をはっきりと肯定している。

 千鶴の真剣な顔を初めて見た優は、もしやこれはただ事ではないのでは……? と、ごくりと唾を飲み込む。

 そんな優の気持ちを知ってか知らずか、バッターボックスに立つ夜子の眼は、きらりと銀色に光った。


 

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