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プレイボール……?

『よっしゃあバッチこーい!!』

光里(ひかり)!! それ守備の時の掛け声だから!!』

『え、そうなの!?』


 審判のプレイボールの合図とともに、新歓試合が始まる。

 左打席には、ロボ子さん命名の際に千鶴(ちづる)先輩と一悶着のあったらしいホッシーこと星宮光里先輩が的外れな掛け声とともに立つ。

 守備側の逆覇亜(ぎゃくはあ)高校ナインからも、それと同時に気合いの入った掛け声が聞こえてくるが、バックネット裏では、その声に負けじとイベント渇望症患者たちがキャピキャピとはしゃいでいた。


 他の野球部のメンバーがベンチから光里に声をかける中、私と曜子(ようこ)先輩は、ふたりベンチ裏で向かい合っていた。


「――ということなんだ。だから、どうしても今日の新歓試合を成功させたい。そのためには、(ゆう)の力が必要なんだ。頼む」

「そんなこと言われても……」


 私は、目の前に下げられた曜子先輩の頭を見つめながら、苦し紛れに声を絞る。


 曜子先輩にベンチ裏に連れてこられた時から嫌な予感はしていたものの、実際にそう言われてしまうと返しの最適解が思い浮かばず困ってしまう。

 話を要約するとこうだ。

 曜子先輩と千鶴先輩は幼馴染で、同じ高校に入ったことを機に、当時野球部の無かった蒼美高校に新設の女子野球部(非公認)を作った。けど、部員は集まらずとうとう高校最後の年を迎えてしまった。ロボ子さんは正式には野球部の部員ではないため現在の野球部員は全部で8人。これでは最後の年すら大会に出られずに終わってしまう。そこで、最後の手段として新歓試合を一応の顧問である夏目先生に頼み込んだのだという。

 しかし、そのロボ子さんが故障して思うように動けなくなり、千鶴先輩が代わりに私を無理矢理試合に出させようとしたのだという。なんでよりによって私なんだ……っていうかやっぱり千鶴先輩、無茶苦茶すぎる……。


 とはいえ、私は曜子先輩に同情の念を感じずにはいられなかった。

 理由は違えど、大会に出たくても出られない、そんな人たちを何人も見てきたから。

 けれど――


『ナイス光里ー! 良い粘りだよー!!』

『わたし、さっきから前に飛ばそうとして打ってるんだけど……』

『気にするなー。光里が死んでも、暗黒神の加護を持つ我が控えているからな』

『エミリーはまだヒカリのこと応援してますヨ~!』

()()ってどういうこと!?』


 ふと私がグラウンドのほうへ目をやると、光里先輩が追い込まれながらも相手投手の投球に必死で食らいついているのが見えた。そして、それを応援するベンチの面々。そんな青春を感じさせるほほえましい光景も、野球が絡めば、優にとっては忌み嫌う光景としか見ることができないのだった。


 やっぱり、ダメだ。


 私には――関係ない。それは、私が野球をする理由にはならないから。


 私は、拳をギュッと握り、ゆっくりと口を開く。

 無論断りを入れるためだ。申し訳ないけど諦めてもらうしかない。

 

「その、ロボ子さんがもともと試合に出る予定だったんですよね。なんか修理中とか言ってましたけど。その修理が終われば私が出る必要なんかないんじゃないですか」


 優の冷たい声音に、多少の悲壮感を漂わせながら頭を上げて曜子が答える。


「うん、そうなんだけどさ。千鶴曰く、『ロボ子の頭部に内蔵されている野球に関するメモリーが外部からの衝撃で傷ついて破損した』らしくて、よくわからないけど、すぐに野球をするというわけにはいかないらしいんだ」


 曜子先輩の話を聞いた瞬間、私の脳裏にふと嫌な予感がよぎった。


「……ん? ちょっと待ってください。頭部に? 外部からの? 衝撃……?」

「? そうだよ。頭部に、外部からの、衝撃。千鶴のやつ、ロボ子の頭部は鋼鉄製だから球速160キロの硬球が当たっても大丈夫! とかなんとか言ってたのにさ。ホント詰めが甘いやつだよな、ハハハ。……ん? どうしたんだ急にうずくまって。やっぱり具合でも悪いの?」

「い、いえ! ちょっと考え事をですね……」


 やばい……!

 私は、頭を抱えながらその場にうずくまり、気絶する前の記憶をたどる。


 え、もしかして私がロボ子さんを壊した……? でも、明らかにロボ子さんの故障には私が一枚噛んでそうだ。……だとしたら『私が野球をする理由にはならないから――』なんてカッコつけて言えないじゃん、ロボ子さんの故障の責任をとって私が試合に出るのって流れとしては理にかなってるし!?


 実際、私が曜子先輩と千鶴先輩の新歓試合をぶち壊したとなったら、後味が悪すぎる。

 でもその事実をどうしても認めたくないもう一人の私が、必死に言い訳を探そうとする。


 ……いや、待てよ。確かに私の頭は石頭かもしれないけど、それにしたって限度があるでしょ。私の頭突きと160キロの剛速球が同じ扱いなんてありえないし……。けど、結構思い切り当たったしなぁ……。いやでも――


「やっぱり具合悪いの? 保健室行く?」

「うわあぁッ!!?」


 ブツブツと独り言をつぶやく私を、心配そうな顔で曜子先輩がのぞき込んできた。

 私は、鼻をくすぐる柑橘系の爽やかな香りと曜子先輩の顔が近すぎるのとで、赤面しながらその場から飛び上がってしまった。

 私の元気な様子を見た曜子先輩は、その心配そうな顔に微かな笑みを戻し、ホッと胸をなでおろす。そして、何かを悟ったかのように口元を緩ませて言った。


「ごめんね。やっぱり無理させちゃってたよね。残念だけど今日の試合、中止にしてもらうよ。そもそもロボ子が試合に出る時点でグレーゾーンだったしね。それに、まだ部員集めが終わったわけじゃないし! うん……終わったわけじゃ……ないから。こんなおかしな野球部に付き合わせて申し訳ない。でも、ありがとう、()()()()


 村田さん――その言葉は、初対面なのだから当たり前のはずなのに、なぜか私の心の中を少しばかり曇らせた。それが私にとって、都合の良い言葉だったのにも関わらず。

 

 曜子先輩が、ハハハと空気を吐き出しただけかのような空虚な笑い声をあげている。

 その裏で、無念や絶望やらを必死に押し殺すようにして。

 そんな曜子先輩の顔を見て胸が締め付けられそうになりながらも、私は取り繕うようにしてこう思うようにした――


 ――良かった。やっと諦めてくれた。これで私は、華々しい女子高生ライフに戻れるんだ――と。


 

 戻れる。


 ……戻れる。


 …………戻れる。




 ――本当に、戻れるの?


 


「曜子先輩! ちょっと待ってください!!」

「……ど、どうしたの? やっぱり保健室行く?」

「!? あ、いや、えっと……そうじゃなくて……」


 気づいたら声を出していた。その場から立ち去ろうとする曜子先輩の手を掴んで。

 自分でも無意識で、思いと行動とのギャップにただただ戸惑うばかりだった。

 曜子先輩は、さっき私に見せたような心配そうな顔に戻っている。

 

 言え。言うんだ、私。

 私は、本心をひた隠そうとする保身や自己愛を飲み込むようにしてゆっくりと息を吸う。


 私がなりたかった女子高生っていうのは、目の前で悲しむ人を放っておいて自分たちだけ楽しむような自分勝手な人間のことなんかじゃない。

 だって、嫌なことを無視してその上からきれいなものだけで覆うなんて、青春とは到底言えないから。

 わがままかもしれないけど、それが私の目指す女子高生ライフなのだ。


 野球をするのは嫌い。

 だけど。

 助けを無視して、後悔を背負いながら過ごしていく高校生活のほうが、もっと嫌だから――

 

 

「――私、試合に出ます」



 ああ、ついに言ってしまった。一時の感情に流されてしまう私の悪い癖だ。

 あまりに突然の出来事に、曜子先輩も目を丸くして驚いている。だけど、曜子先輩よりも私の方が驚いている自信があった。あれだけ嫌いで、三年間必死に避け続けていた野球に、こんな簡単に自分から歩み寄ってしまったのだから。


 ごめんよ、過去の私。このやり取りを見ていたらきっと半殺しにされるかもしれない。

 でも――。

 そんな贖罪の気持ちとは裏腹に、思っていた通りその決断自体に後悔はない。それどころか、心にまとわりついていた嫌なものが取り払われ、なんだか清々しい気分にすらなった。



 私の言葉の意味を上手く処理できていないのか、曜子先輩はしばらく固まってから、まるで壊れ物でも扱うかのように、そっと私に聞き返した。


「そ、それ……本当?」

「はい。本当です。……で、ですけど勘違いしないでくださいね!? もしかしたらロボ子さんが故障したのが私のせいかもしれないので、ほんとぉ~に仕方なくって感じですよ!? その、だからですね、決して野球が好きだから試合に出るわけじゃなくって――もがッ!?」


 とりあえず一時的な助っ人としての立ち位置だけでも死守しようとしたが、その言葉が言い終わらなぬ内に、曜子先輩の胸に強く抱きかかえられるようにして遮られてしまった。

 密着する曜子先輩の野球着の奥からは、微かに香る爽やかなにおい。

 頭が少しクラクラするのは、きっとただ単に呼吸がしにくいからだろう……。

 

「ありがとう。優!!」


 よっぽど嬉しかったのか、曜子先輩の抱き着きはさらに強くなり、私は息苦しさのあまりジタバタと抵抗する。うん、やっぱり呼吸がしにくいだけだった、これ。


 しかし、その息苦しさは、数分前よりかは幾分かマシであった。

 優しさと温かさに溢れた胸の中。

 そして、心に響くような「ありがとう」という言葉。

 この時私は、自分の選択は間違っていなかったと、ほんの少し――ほんのありがとう1つ分だけ――そう思ったのだった。

 


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