気絶、発光、そして――
『部長、この子ホントにどうするんですかー? このまま起きないと試合どころじゃなくなっちゃいますよー』
『え~……。そんなこと言われても……。だ、だってロボ子が勝手に連れてきたんだから! 大体、水汲みに行くのになんで校舎内に迷い込むの!?』
『エラーです』
『はいぃ!? 私がそんなへなちょこプログラム組むと思ってるの!?』
『バグです』
『よし分かった。帰ったら地獄のメンテナンスよ。覚悟しておきなさい』
『むふふ。それにしてもこの子、夜子ちゃんと同じくらいちっこくて可愛いよね~。食べちゃいたいくらい♡』
『や、やめろ美和玲奈! 我にまとわりつくな……! 暗黒神よ、どうかこやつを生贄に我の貞操を守りたまえ……』
『こらこら。寝こみの新入生を襲うとか、今度こそ活動停止にさせられるだろ。ほら、玲奈は私と一緒にヘルメットとバットの点検をするぞ』
『はぁ~い。じゃ、また後でね。夜子ちゃんと……そこの可愛い子猫ちゃん♡』
(う……、なんだか急に、寒気が……する)
優は、自分の中の大切な何かが奪われるような悪寒を感じ、ゆっくりと目を開ける。しかし、勢いよく視界に差し込んできた日の光に驚いて、すぐに目を閉じた。
どうやら気を失った後、なぜか屋外に運ばれたらしい。優は、ベンチらしきものに仰向けになっている自分の状態を反芻して、なんとなくの見当をつける。しかし、状況は理解しても、この状況に至るまでの経緯は全く予想できなかった。
「あ。こやつ、目覚めたようだぞ」
「え! 本当!? ろ、ロボ子、至急意識確認!!」
「了解しました」
そんな会話がうっすらと聞こえてきた直後、優の顔が、何者かによって鷲掴みにされる。
急な出来事に、おぼろげだった優の意識も完全に蘇る。
優はその手を振りほどこうと必死にもがくが、人間のものとは思えないとてつもない力で固定されていてびくともしない。なんとか無理矢理口をこじ開けるようにして、空気が漏れ出るような声を出す。
「も、もがっ!? な、何フるんでフかッ!?」
「暴れないで私の目をよく見てください……というか、暴れるなら、目、こじ開けますよ」
顔を掴んでいる手に、より一層力が入るのを感じた。
「ひ、ひいぃっ!?」
得体のしれない相手からの急な脅しに抵抗する気概もなく、優は言われた通りに恐る恐る目を開ける。
宇宙人とかだったらどうしよう、という思考が巡るくらいには混乱していた。
しかし、グレイのような宇宙人顔を予想していた優の目に映ったのは、記憶に新しい――というか、そこで記憶が途切れたのだが――先ほど衝突したバケツの生徒の顔だった。
とりあえず人間が相手だったようで、優はほっと胸をなでおろす。
日本人離れした桃色の髪の毛に、大きく光る瞳が特徴の美少女。
その輝く瞳は見れば見るほどにその煌めきを増していき、ついには――発光した。
え? 発光!?
「うへっ!?」
優の視界が、光に包まれて白く染まる。相手の目から放たれた閃光をもろに浴びてしまった。
な、なんだ!? いったい何がどうなってるの? いま、目から光出てなかった? やっぱり私、宇宙人に誘拐された!?
優は、目まぐるしく変化する状況とフラッシュアウトした視界に、ただただ慌てふためくしかなかい。
「瞳孔散大・対光反射確認。正常です」
「良かったぁ~。新入生をケガさせたなんて知られたら、またナツメグ先生に怒られちゃうよ」
狼狽する優をよそに、事態は勝手に収束へと向かいつつあるようだった。
『すみませーん。蒼美高校、早く整列してくださーい!』
遠くの方から女子高に似つかわしくない男性の野太い声が聞こえる。事務員の人だろうか。ていうか、整列って……?
「よーし! じゃあ今日も楽しくやっていこー!」
「「「おーーー」」」
どこかで聞いたことがある声音の女子に続き、数名の声がまばらに応答する。
何やら円陣のような体系を組んでいるのだけは、戻りつつある視界の中で察知することができた。
やがて円陣は散り散りになり、光の向こうへと消えていく。
優が視界を安定させようと、目尻にしわを寄せながら、その光の先を見ていると、
「ん? ほら、ロボ子ちゃんが連れてきたキミって新入部員なんでしょ? 早く整列しないと怒られちゃうよ?」
と、今度は初めて聞く声が耳に入る。快活そうな女子の声だ。
「へ? いや、だから、整列ってなんの――って、うわっ!?」
優が疑問を呈する間も与えずに、声の主が優の腕を強引に引っ張り上げる。
その引っ張られる力に任せるように、優は無抵抗でフラフラとついて行くしかなかった。
相手のペースに合わせて駆けていくに連れ、目に映るものが段々と色や形を取り戻していく。
土を削る音を響かせながら優が連れてこられた先、そこには――――悠久の過去、幾度となく見てきた景色が広がっていた。
この瞬間、優は自らが置かれている状況をやっと理解する。
審判を真ん中に、誰に言われるでもなく両サイドに整列するこの体系。
足を踏みしめる度に地面を耕すスパイクの音。
目の前には、野球着に身を包んだ選手たち。
その選手たちが放つ闘争の眼差しは、隣に並ぶ選手たちと同様に、優にも注がれている。
先ほど感じた悪寒とは種類の違う、自然と背筋が伸びるような独特の緊張感。
全身に張り巡らせられた神経が感じ取る、匂い、音、熱気。
その一つ一つが、優の心の奥底に封印されていた、悪しき記憶を呼び覚ます。
汗と、涙と、泥にまみれた陰鬱な記憶とこの光景を照らし合わせる。
見間違えるはずがない。
そう、彼女――村田優は――
『え~、それでは、”逆覇亜高校”対”蒼美高校”の試合を始めます。両者、礼!』
「「「よろしくお願いします!!」」」
――野球部の試合に、巻き込まれていた。