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華の女子高生

 四月。

 真新しい紺のブレザーに身を包む村田優(むらたゆう)の足取りは、跳ねるように軽やかだ。

 空を仰げば透き通るような青空。髪を撫でるやさしく心地よい風。

 まるで人生の新たな門出を祝ってくれているかのように感じた。道端のたんぽぽでさえ、いつも以上に美しく映えているように見える。

 桜――は舞ってないが、銀杏並木の青々しい若葉は、自然と優の心を爽やかに感じさせた。


「すごく嬉しそうだね、優ちゃん」


 浮足立つ優の隣で、優の幼馴染である宮田心愛(みやたここな)がやさしく微笑む。

 

「そりゃあもちろん! だって今日から女子高生だよ、女子高生! しかも、憧れの蒼美高校に進学できるなんて夢みたいだよ!」 


 優がショートボブの髪を揺らしながら、その場でくるっと回転してみせる。


 優たちが今日から通うことになる都立蒼美(そうび)高校は、都内有数の進学校として知られている。

 華の女子高生にふさわしい(きら)びやかな外観に、ジムやカフェなどの充実した施設での高校生活は、世の女子中学生の憧れである。優と心愛は、激しい受験戦争の末、見事にその権利を勝ち取ったのだった。


「女子高生になったらいっぱいやりたいことあるんだ。おしゃれに~、バイトに~、それに、恋愛……とかも……キャー! テンションあがるぅ!! ね、心愛もそう思うでしょ!?」


 ぐりんと元気いっぱいに顔を向けてきた優に驚きを見せながらも、心愛はうんうん、と相槌を打つ。


「でも、勉強もしっかりやらないとね。ウチの高校、そういうの厳しいらしいから」

「う……、わ、わかってるよ。私だって自分がギリギリで合格してることくらい予想がつくし……」


 心愛と違い、優はあまり勉強が得意ではない。蒼美高校に合格できたのも、心愛の協力あってのことなのは優も重々承知している。

 でも、入学式の日くらい夢を見させてくれてもいいじゃん、と優は思っていた。

 優が少し頬を膨らませながら歩いていると、「そういえば」と心愛が思い出したように話題を振る。


「やりたいこと、で思い出したけど、優ちゃんは部活どこに入るか決めた? やっぱり帰宅部?」


「う~ん……迷い中、かな。面白そうなのがあったら入ってみようかな~くらいに思ってる」


「小学校の時みたいに、野球……とかやったりしないの?」


 心愛が発した”野球”という単語に、優は肩を震わせて過剰に反応する。


「ちょ、ちょっと冗談やめてよ~っ! 小学校時代は私にとって黒歴史なんだから! 野球のせいで、学校でゴリラ女扱いされて嫌な思いしてたのは心愛だって知ってるでしょ? 大体、平日は学校の野球部で練習して、土日はリトルリーグで石みたいなボールを打ったり投げたりとか考えられる!? 私、女の子なんだよ。正気の沙汰じゃないね」


「あはは、そうだよね」


 頭を抱える優に、心愛は少し寂しそうに相槌を打つ。


 優にとって、小学校時代の記憶は、野球のみで埋め尽くされていた。

 今でも、自分の手にできたマメを見る度に、その記憶が思い起こされる。


 『絶対に娘を女子プロ野球の選手にするんだ!』と、野球好きの父から、昼夜問わずのスパルタ特訓を受けた。多分あの6年間で、一生分の涙を流したし、一生分の運動をしたと思う。

 それだけならまだいい。……いや、良くはないけど。

 一番に嫌だったのが、その父親譲りの怪力だった。父に怒られるのが怖くて、同学年のどの男子よりも遠くへ打球を飛ばし、多くのホームランを打った。気づけば全国一にまで上り詰め、そのチームの不動の4番バッターとして、ホームラン王の賞ももらった。

 しかし、そのホームラン王という称号は、いつの間にか”怪力”という誤情報(あながち間違ってはいなかったが)として飛び交うようになり、挙句の果てに”ゴリラ女”というあだ名が、小学校中に広まってしまったのだった。

 だから、野球だけはどんなことがあっても絶対やらない、そう胸に誓って、中学時代は帰宅部として静かに過ごした。ちなみに、蒼美高校には野球部は存在しない。それも見越して、この高校を選んだのだ。


「でも、野球やってる時の優ちゃん、とってもカッコよかったけどな~」


 心愛は少し名残惜しそうな顔をして、坂の向こうを見つめる。その先には、蒼美高校の校門が見えている。


「カ、カッコよくなんてないよッ! それにせっかく女子高生になったんだから、カッコよくよりカワいく生きなくちゃ! それが女子高生として生きる意味みたいなもんだし。だから早く私にモテ秘術を伝授してよね、心愛……いや、師匠!」


 心愛は優と違って男子にモテていた。

 それもそのはず、ふんわりとした穏やかな雰囲気に、女性らしいS字ボディ。ちんちくりん怪力女の優とはまるで正反対なのだった。

 優の理想の女子像が心愛なのである。


 優に憧れの眼差しを向けられ、照れ笑いを浮かべる心愛。

 それに釣られて、ニッ、と八重歯を見せて笑い返す優。


 銀杏の葉が、サアッと風に揺れて音を立て、優たちの背中を後押しするように流れていく。

 優たちは互いに目くばせをすると、その追い風に乗るようにして一気に坂を駆け上がった。


 これから、始まる。彼女たちの輝かしい高校生活が。

 華やかに彩られた青春の1ページが、今まさに――始まろうとしていた…………のだが。


 坂を上り切った二人を待っていたのは、入学式に似つかわしくない異様な光景だった。

 歩みを止めて呆然と立ち尽くす二人。

 しばらくして、優の様子を窺うように心愛が口を開く。

 

「ね、ねえ優ちゃん……。あれって……」

「う、うん……。でも、嘘……なんで……!?」


 校門の前で新入生相手にビラを配る面々。

 いや、そんなことはどうだっていい。

 問題はそのビラ配りをする人間の格好だ。

 見慣れた帽子に、見慣れたユニフォーム。腰に固そうな黒いベルトを巻くあの格好は、まさに……その……ベースボールチックな出で立ち。

 うん、何かの見間違いだろう。……そう思う暇もなく、優の目の前に大きく掲げられた弾幕が視界を遮る。

 優は恐る恐る、さながら文化祭の看板のように校門にまたがっている弾幕の文字を追った。


『女子野球部始動! 本日、新歓試合開催!!』


 野球。

 その文字を目にした途端、優の顔は、さっきまでの輝きが嘘のようにどんよりと曇る。

 今まさに始まろうとしていた高校生活。

 その記念すべき1ページ目に、早くも暗雲が漂っていた。


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