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エピローグ


「よーし! みんな、準備はいい?」


 蝉の大合唱。

 大きな入道雲。

 青い空。


 コンクリートも溶けんばかりの熱気を含んだ空気に、千鶴の大きな声がこだまする。


 今年も夏がやってきた。

 それは、球児たちの夏。

 ここ神宮球場には、憧れの舞台――甲子園を目指し集結した高校球児たちの姿があった。

 今大会で10回目となる、全国女子高校野球選手権大会。

 その予選が、この神宮球場で行われる。


 蒼美高校も他校と同じように野球着に身を包み、球場前で待機していた。

 

「え~と、開会式が10時からなので、そろそろ準備お願いします」

「連絡ありがと、心愛ちゃん!」


「くッ……!? な、なんだこの手の震えは……! ま、まさか……我の封印が今まさに解かれようとしているのか!?」

「ヤコ、そ、それはデスね、き……キンチョーというのデスよ! ほら、深呼吸して~、吸って~止めて~……」

「いや、エミリーも緊張してんじゃん!」

「吸って止めたら死んじゃいますよ」


 緊張で震える夜子とエミリーを、優しくなだめる光里と朱夏。

 彼女たちは部活経験者だったこともあり、大会の空気に慣れているようだ。


「今日は開会式だけだってのに、この緊張っぷり……。明日の本番が思いやられるな……」

「で、でも……夜子ちゃんの怯えてるところも可愛い~♡」

「レイナ……アナタハイツモ、ヤコニオビエラレテルジャナイデスカ」

「ロボ子ひど~い♡」


 他の高校が粛々と集まっている中、蒼美高校の面々はまとまりなく騒がしくしていた。


「もう! みんな緊張感持って! 今日は大事な開会式なんだから」


 千鶴が鼻息を荒くしながら珍しく皆を注意する。

 その様子を見ていた曜子が千鶴に声をかける。

 

「千鶴」

「なに、ヨーコ?」

「お前、緊張してるだろ」

「……え!? べ、べつに緊張なんてしてない!」


 千鶴が面をくらったように顔を赤くして否定する。


「やっぱり緊張してんじゃん。千鶴が『緊張感』なんて言葉使ってるの、今まで聞いたことないからな」

「ぐっ……」


 図星だったのか、言葉が出ない千鶴。

 しかし、自分の緊張を見透かされた今、取り繕う必要のない自然な笑みがこぼれた。


「いじわる……」

「はいはい、部長さんは可愛いですね~」

「ちゃ、茶化すな!」


 笑いあう二人。

 千鶴は、息を整えてからもう一度部員に声をかける。


「ごめん、みんな! さっきのはなし! やっぱり私たち蒼美高校野球部は、楽しく笑顔でいつも通りやっていこう!!」

「フフッ、それでこそ千鶴だな」

「よーし、球場に入る前に円陣を……ってあれ? 一人足りなくない?」


 千鶴が異変を察知して周りを見渡す。

 紗月が声を上げる。


「千鶴先輩。優がいません」

「あ、そういえば! 優ちゃんどこ行っちゃったの? 心愛ちゃん知ってる?」

「い、いえ私は何も……」

「ちょっと行ってくる!」

「おい千鶴、どこに――」


 千鶴は、曜子が呼び止める前にドタバタと球場の中へ入っていってしまった。


「あいつ、口より先に足が動くんだよなぁ……」


 曜子たちは、小さくなっていく大きな背中を呆れながら見つめた。


◆◆◆



「はぁ……。なんで私、こんなことしてるんだろ」



 照り付ける太陽。

 日よけの無い球場全体を容赦なく熱する。

 村田優は、球場のバックネット裏からグラウンド全体を見渡していた。

 グラウンド内では、せっせと係員の人たちが開会式の準備を進めている。


「暑いし、疲れるし、汗かくし……ほんと、野球ってサイアク」


 せっかくの女子高生生活最初の夏休み。

 プールや海に遊びに行くわけでもなく、オシャレしてショッピングに繰り出すでもなく、彼氏を作ってデートするわけでもなく……野球着を着て灼熱のグラウンドに立たされるなんて。


「……考えたくもなかったなぁ」


 どこで道を踏み外したんだろう。

 いや、あの新歓試合がすべての原因なのは分かっている。

 でも、それだけでは今の状況を納得できない優だった。


「結局あの後、心愛もろとも入部させられるし、毎日のように練習させられるし、夏合宿はキツ過ぎたし……ほんと、何度辞めようかと思ったか」


 「ハァ……」と大きなため息をつく。


「でも……」


 優は空を見上げる。


「なぜか続いてるんだよなぁ……」


 今日の開会式も、優は蒼美高校野球部の正式な部員として参加している。

 しかも、中心選手として。

 何かと理由をつけて辞めることだってできたはずだ。

 だいたい、部活に強制力なんて無いのだから。

 それでもしなかった……じゃなくてできなかったのは、心愛が一緒にいたせい? 曜子先輩に嫌われたくなかったせい? それとも……


「あーッ!!? こんなところにいた!! もう、勝手に球場の中入ったらだめじゃん!!」


 優は、後方を振り向く。

 階段を数段登った先に、その人はいた。

 長い黒髪を一つにまとめた、背の高い女性。

 その口元には、いつもと変わらぬ笑みを携えて。


「あぁ、やっぱりこの人のせいだ」

「ん? 今なんか言った?」


 千鶴が首を傾げる。


「なんでもないです」

「そう? 今日から待ちに待った大会だよ! 今までよりもっと楽しくなるからね。元気出してやってこー!」


 拳を元気に空へ突き出す千鶴。

 この人のテンションは、いまだによく読み取れない。


「野球が楽しいなんて都市伝説ですよ」

「またまた、そんなこと言って~」


 千鶴がフフッと余裕の笑みを浮かべる。

 優は、自分の気持ちが見透かされてるような気分になり、慌ててそっぽを向いた。

 その様子を見た千鶴が、またも笑う。


「大丈夫、大丈夫。野球が楽しいものだって私が証明して見せるから」

「……ほんとですか」

「ホントもホント!! 絶対!! 神に誓って!!」

「先輩、そういうの信じないって言ってたじゃないですか」 

「野球の神様だけは信じてるの」

「ほんと、都合いいなぁ千鶴先輩は」

「えへへ。……じゃあ、行こっか!」


 千鶴が、手のひらを差し出す。

 

 この時、優は思った。

 野球の神様は、もしかしたら千鶴なのかもしれないと。

 優を野球に引き留めたきっかけを作り出したのは、紛れもなく千鶴であり。

 そして今もこうして、新たな世界に連れ出そうとしている。

 都合の良いところも、自分が思う野球の神様像そのものだった。


「やっぱり、おかしいな」


 優は、手を伸ばす。

 


 蒼美野球部は変な人が多い。

 超能力者に、アンドロイド、変態まで所属している。

 おまけに、野球の神様までいる。

 だからこそ私はこの野球部に居続けられているのかもしれない。


 まだ確信はつかめない。

 でも、この手をつかめばいつか見れる気がした。

 いつかはわからない。

 それが何かもわからない。

 それでも、手を伸ばしたくなる魔力がその手にはあった。

 野球は嫌い。

 だけど、この野球部は、す……いやなんでもない。


 でも、一つ確信して言えることとすれば、それは――



 この野球部は、どこかおかしい。

 


 ただ、それだけだ。

 

まああれだ、続きが読みたくなったらいつでも言ってくりゃんせ。

とりあえず、ここでひと区切りってことで。

読んでくれてありがとす。


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