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波乱巻き起こる最終回②


「いよっしゃぁー!! 新入生のためにも、私が何としてでも塁に出るぞぉー!!」

「光里よ。この我を忘れてもらっては困るぞ。我のこの”銀色の(エキセント・)預言者(ルナティック)”を持ってすれば、塁に出ることなど他愛無し。いざ行くぞ!!」

「おぉーー!!」



◆◆◆



「「すいませんでしたぁー!!!!」」



 盛大に啖呵を切ってベンチを後にしたわずか5分後。

 光里先輩と夜子先輩は、さっきまでの威勢が欠片も見られない見事なお辞儀を披露していた。

 90度直角に曲げられた腰からは、物腰の低さと自責の念が滲み出ている。


 7回表、蒼美高校最後の攻撃。1番打者の光里先輩から始まる好打順だったにも関わらず、あれよあれよと相手に打ち取られ、あっという間に2アウトまで追い詰められてしまった。


「ま、まあまあ二人とも、頭上げてよ……!! 10割打てる打者なんていないんだから、こういうときもあるって! それに二人は今日ちゃんと活躍してるんだし、元気出して!」

「まあそうは言っても、光里の初球の甘い球を大振りして内野フライ、ってのは見過ごせないかな」

「そうデスそうデス! ヤコも、ヒカリに続いて何で初球で打ち取られてるんデスか。このアンポンタン! 普通前のバッターが早々に凡退したら、相手のテンポを考えてカウントを整えるのがセオリーなんでデスよ!?」

「ふ、二人とも……私がせっかく慰めてるのに」


 千鶴先輩が励まそうとしたのも束の間、曜子先輩とエミリー先輩が辛口コメントでそのフォローを台無しにする。この二人、野球に関する事となると遠慮せずズバズバ言っているのが、普段のやさしさとのギャップでなお恐ろしい。


「で、でもまだ2アウト!! 野球は最終回2アウトからだっていうのは有名よねッ!? それに、次に控えるのはクリーンアップだから……って、あぁ……」


 千鶴先輩がお茶を濁すように話題を逸らそうとするが、次のバッターの方を見て声を詰まらせる。

 視線の先にいたのは、紗月先輩だった。紗月先輩は、最終回2アウトという自分が最後の打者になるかもしれないというプレッシャーのかかる場面にもかかわらず、初回と変わらず覇気のない表情をしている。

 千鶴先輩が言葉を失うのも無理はない。紗月先輩は初回の犠牲フライ以降、最低限の仕事をするどころか一度もスイングすらしていない。それも、明らかに故意的に。今日の自分の仕事はすでに終わったとでも言うかのように悠然と見逃し三振を繰り返していたのだ。

 正直、紗月先輩にこの試合の命運を託すのは無謀ともいえる。


「大丈夫だ、千鶴。紗月にはさっき私からしっかりと”お願い”しておいたから」


 バッティンググローブを手にはめながら、曜子先輩が言う。


「あの……、”お願い”って何ですか?」


 私が疑問を口にする。


「まあ”お願い”っていうのはあれだよ、初回に私が言ったみたいなやつのこと」


 私は初回にあった出来事を思い出すように記憶を遡る。初回チャンスの場面で、確か曜子先輩が紗月先輩に……そうだ、『とりあえず一点』って――


「そうそれのこと」


 曜子先輩が、ハッとひらめいたように目を丸くした私に向かってニコリと笑う。


「で、でもそれって、あの時はたまたまチャンスの場面で、最低限の仕事をする機会があったってだけですよね。今は2アウト走者無しだし……最低限の仕事も何もないと思うんですけど」

「そ。だから私からお願いしたんだよ」

「へ? それってどういう……」

「実はね、紗月は別に、最低限の仕事をしているわけじゃないんだよ」

「うえぇ!? ちょっとヨーコ、それってどういうこと!? 紗月って、点が入りそうな場面で自分が目立たない程度の仕事を嫌々ながら仕方なく、しかたな~くしてただけなんじゃないの!?」


 曜子先輩の肩をゆさゆさと揺すり、驚きをあらわにする千鶴先輩。

 千鶴先輩が驚愕するのも無理はない。

 紗月先輩は、良くも悪くもチームの得点にかかわる場面でしかその打棒を発揮していなかった。それを勘違いして、今まで無気力な仕事人としてしか扱っていたのだから。

 でも私も同じく、曜子先輩の言っている意味がわからなかった。

 最低限の仕事をしていないのだとしたら、いったい何をしていたんだろう?

 私を含めた他の部員全員が、曜子先輩の言葉に頭をひねらせていると、エミリー先輩が何かに気づいたように「アッ!」と声を漏らした。


「私わかっちゃいまシタ!! サツキはただ仕事をこなしてたんじゃなくて――」

「「「じゃなくて……?」」」


 ベンチメンバーの注目が一斉にエミリー先輩へと集まる。

 

「ヨウコ先輩のことがスキなんデスよ!!」


 エミリー先輩が我が物顔でそう言った時だった。


 ドガシャン!!


 またも沙月先輩の鋭い打球がベンチを襲う。

 ベンチ前の防護ネットの枠が悲鳴を上げ、それに共鳴するようにベンチの面々も口々に悲鳴を漏らす。恐る恐る沙月先輩の顔色を窺う。きっと初回同様、鬼の形相でこちらを睨みつけているに違いない。

 しかし、私の目に映ったのは意外なものだった。

 打席に立ってこちらを睨みつけている沙月先輩の顔は、青スジを立てているどころか、その白い肌を真っ赤に染め上げるほどに紅潮させていた。怒りではなく羞恥に満ちた面持ちで。

 皆が奇異の眼で自分を見つめていることに気づいたのか、沙月先輩は何かを取り繕うように声を張り上げる。


「だ、断じて……! 断じて違うからッ!!」

「プクク。”断じて”だってよ、”断じて”! キャラ崩壊してるじゃん」

「~~~ッ!!?」


 光里先輩が、クスクスと口を押えて笑いを堪えているのを見た沙月先輩は、血が噴き出すのではないかというくらいにその顔を火照らせる。

 クールビューティーな沙月先輩のキャラ崩壊するほどのあの慌てっぷり。

 たぶんこの場にいる光里先輩以外の全員は、沙月先輩の胸が大きくなった話以上の禁忌に触れてしまったのでは? と考えているに違いなかった。


「え~と……、沙月が私のことを好きかどうかは置いといて。沙月はね、私が何かしてくれ、って頼むと何でもしてくれるんだ」


 曜子先輩が、盛大なヒモ発言をするが、それを聞いていた全員はさっきの手前、簡単に口を開こうとしない。次に何か言おうものなら、今度こそ防護ネットを突き破って沙月先輩の打球が脳天に突き刺さるだろう。それだけは避けたい。

 曜子先輩が固まって動かないみんなに首を傾げながらも続ける。


「まあつまりは、私がお願いすれば沙月はその通りなんでもこなしてくれるってわけ。理由はよくわからないんだけどね」

「それじゃあ……」


 私は、沙月先輩が打席に集中しているのを確認してから、口を開く。


「沙月先輩に”ホームラン打って”ってお願いしたら……」

「多分、打つだろうね」

「それなら……!」

「うん。優の言いたいことはわかる。沙月が打席に立つたびにそうお願いすればいいじゃん、ってことでしょ?」

「……はい」

「私もね、最初はそう考えていたんだ。沙月がやる気を出してチームに貢献できるならそれでも……って。でもね、そうじゃないんだよ。もしそんなことをしたら、沙月は私のためだけに野球をするだけの、本当の意味での仕事としてしか野球というスポーツをとらえられなくなってしまう。そんなこと私は望んでないし、チームのみんなだって望んじゃいない。私の願いとしては、沙月がいつか”自分のために野球をする”ようになってほしいだけなんだよ」


 そうか。沙月先輩は、私と同じだったんだ。

 昔の私と。昔の……父親のために野球をやっていた私と。

 そして、沙月先輩は未だに迷っている。自分のために野球をするということがどういうことか。

 口を結ぶ私を見て、「だからね」と曜子先輩は続ける。


「今回はお願いと言っても、少し種類が違う。沙月ももう2年生だからな。昇格試験ってやつさ。沙月には、”ヒットを打ってくれ”とも”塁に出てくれ”とも言ってない」

「じゃあなんて……」

「”沙月が思う最高にアツイ展開を用意してくれ”ってね」


 アツイ展開を……用意……?

 いまいち言葉の本質がつかみ切れていない様子の私たちのために、曜子先輩はゆっくりと言い聞かせるようにして口を開く。


「まあ実質、私のお願いを聞いているだけってのは変わらないんだけどね。大事なのは”沙月が思う”ってところ。このお願いには、沙月の自由意思も込められている。もし、沙月に野球を楽しむ心がまだ残っていれば、”自分のために”何かしらの行動をすると思うんだ」

「何かしらの……行動……」

「だから、沙月が結局答えにたどり着かずに今まで通り見逃し三振したとしても、それも一つの結果として受け止める覚悟だよ」


 曜子先輩はやさしく私に語りながらも、目はしっかりと沙月先輩の方を見据えていた。


「沙月先輩が自分のために、本気で野球やっているところ……見てみたいです」


 私は、つい本音を口にしてしまった。でも慌てて口をおさえる必要なんてない。

 なぜなら――


「私も沙月ちゃんの本当のバッティング、見てみたいな……」

「フン。”氷冷の(クール・オブ・)支配者(ジャッジメント)”の力が解き放たれるとき……。この眼に納めなければな」

「私も沙月のアツイところ見てみたい!!」


 口々に賛同する声。

 思っていたことはみんな同じだったんだ。


「沙月ちゃん! ガンバレー!!」

「サツキー! beautifulなバッティング、期待してマ~ス!」

「沙月! お前なら打てるぞ、頑張れ!!」


 賛同は応援へと変わっていく。

 蒼美ベンチは、これまでにない活気に満ち溢れていた。

 あとは、沙月先輩次第だ。


 2ストライク0ボール。カウントは最悪だ。

 でも、蒼美野球部の誰一人として沙月先輩が凡退することを危惧してはいなかった。

 沙月先輩ならやってくれる。

 なんたって、沙月先輩は蒼美野球部が誇る仕事人。

 期待と依頼は裏切らないのだから。

 ピッチャーの指からボールが離れる。ボールは、先ほどまでの糸を引いた球筋が嘘のような山なりの弧を描く。その球速差と軌道の違いに、沙月先輩の体のバランスが前のめりになって崩れる。

 普通ならば、そのボールを追いかけるようにして三振するのがオチだ。

 普通ならば……。


 沙月先輩は崩れかけた上半身のバランスを前から押し支えるように耐え、そして――


 カキィィィン!!


 耳をつんざくような金属音とともに、白球が空を飛翔した。

 外野手が追うその遥か遠く。

 勢いそのままにフェンスを直撃した。

 沙月先輩は打球の行方を追いながら、顔色一つ変えずにベースを駆け抜け、悠々と二塁ベース上に到達した。

 沙月先輩らしい、キレイで鋭いスイングだった。

 

「ナイスバッティング、沙月ちゃーん!」

「こ、これが”氷結の(クール・オブ・)支配者(ジャッジメント)”……。恐るべし能力だ」

「ワオ! ナイスバッティング、Nice Hit! それでこそサツキデ~ス!!」


 歓声に沸く蒼美ベンチ。

 しかしその中で、一人だけイタズラな笑みを浮かべている人物がいた。

 曜子先輩だ。


「なるほど、そういうことか」

「曜子先輩……? そういうことって、どういうことですか?」

「フフッ、優にもすぐわかるよ」


 曜子先輩はその口元に不敵な笑みを携えながら、自分の手からバッティンググローブを外し始める。

 

「えっと、次のバッター、曜子先輩ですよ?」

「いや、違うよ」


 私は、曜子先輩の返答に首を傾げる。3番の沙月先輩の次は、曜子先輩の打順のはずだ。

 それなのに、曜子先輩は自分の出番が終わったかのような柔らかい表情をしている。

 その視線は、審判に向けられていた。

 なにやら、相手側のキャッチャーと話をしているようだ。


「えっと、意味がわからないんですけど……」

「もうじきわかるよ」


 笑顔で返す曜子先輩を見て、私はそれ以上追及するのをやめた。

 しばらくして、審判が蒼美ベンチの方を向いた。


「次のバッター。相手側から申告敬遠の申し出があった。一塁に向かいなさい」

「ほらね。私の言ったとおりだろ、優」

「え、うそ……」


 私はハッとなり、試合状況を確認しなおす。


「最終回6-4で蒼美が2点ビハインド。二塁上には沙月先輩。そして、次のバッターは今日2ホーマーの曜子先輩……ホームランが出れば同点……」


 段々と自分の中でパズルのピースが組みあがっていく。


「そ。一塁が空いている今の状況で、次に迎えるのは今日絶好調の私。敬遠するにはもってこいのシチュエーションだよね」

「ま、まさか……」

「そのまさか、だよ。沙月は相手に私を敬遠させようと、ツーベースヒットを打ったんだ」


 曜子先輩は、なぜか活き活きと楽しげな表情をしている。


「優に”最高にアツイ場面で打席を回す”ためにね!」


 私は塁上にスラリと立つ沙月先輩に向き直る。

 沙月先輩は、私の動揺を感じ取ったのか少し口元を緩めている気がした。


「はは、ははは……」


 乾いた笑いが勝手に零れていく。

 最終回2アウト。ランナー1・2塁、ホームランが出れば逆転の場面。

 そのチームの命運を握っているのは、私――


 ――村田優だ。



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