笑顔の魔術師と愉快な仲間たち②
夜子のファインプレ―の後も、千鶴の小気味良いピッチングは続いた。
そのピッチングは、まさに魔術師さながらの変化球のオンパレードだった。
カーブ、スライダー、シュートにシンカー、おまけに女子野球選手では珍しいフォークボールを自由自在に操り、打者を次々と打ち取っていく。
打ち取っていく……。
「Hey ヤコ! 何でセカンドのベースカバーに入ってないんデスか!? このオ、オ……オタンコナス!!」
「だ、誰がオタンコナスだッ! それに今のはどう考えてもファーストに投げるべきだろう! お主の方こそ”脳味噌空洞女”だ!」
「オタンコナスって、タコとナスのことだったんデスか……。勉強になりマ~ス……」
「なんだ知らなかったのか、エミリー? ”おたんこなす“っていうのは、タコのように間抜けで、ナスのようにまずそうな顔をしているという意味だぞ?」
「ほぉ~ナルホド……って、間抜けでまずそうってどういうことデスか!?」
打ち取っていく……のだが。
「うおぉぉぉ!! 追いつける、追いつけるぞぉぉぉ!! どいて、沙月ぃぃぃ!!」
ズサァ……。
「全然追いつけてないじゃないですか」
「クソォ! 私の足がもう少し速ければ確実に取れたのに……。まだまだ修行が足りないな、私!!」
「いえ、修行以前に野球の勉強が足りな――」
「そ、そうか! 足をもっと速くするためには、足の動かし方から勉強しなおさなきゃいけないのか! さっすが沙月、頭いいね!!」
「…………」
「なんだ、これ……」
優は、目の前で当たり前のように行われる常軌を逸した守備に、呆然と立ち尽くす。
普通なら考えられないようなミスとエラーの連発に、相手ランナーが一人二人と次々に生還する。
蒼美野球部の守備風景は、文字通り”崩壊”というにふさわしい惨状を呈していた。
特にその”崩壊”が顕著に表れているのは、連携プレーである。
野球においての連係プレーとは、『一つのアウトを守備陣全員で協力して取る』という意味合いなのだが、その実現には守備陣同士の意思疎通が必要不可欠だ。しかし、蒼美野球部の守備には、その意思疎通の精神がカケラも存在していなかった。
まともに守備をこなしているのは、千鶴・朱夏のバッテリー間と一塁を守る曜子、そしてサードとして出場している優だけだった。
「こ、これじゃあ私がすごくまともに見えちゃうじゃん……」
優はがっくりと肩を落とす。このままでは、普通にゴロを捌いているだけで悪目立ちして、千鶴の勧誘対象に格上げされてしまう。
優は、チラッと覗き見るように横目で夜子の方を向く。
「特にひどいのは、あの二人だよなぁ……」
優の視線の先に映っていたのは、ショートの夜子、そしてその奥に陣取っているセンターの光里だった。
まず夜子は、持ち前の未来予知により突飛なプレ―ができるものの、基本が成っておらず、正面の易しいゴロであっても捕球に失敗したり、送球もフワフワと不安定で危なっかしい。
さらに特筆すべきは、セカンドのエミリーとの相性の悪さだった。セカンドとショートは、内野守備の要であり、時にその連携能力が必要とされる守備位置である。
エミリーと夜子の考えにズレが生じており、それが彼女たちの連携に軋轢を生む原因となっている。
先ほどから噛み合っていない問答を繰り広げているあたり、あの二人は相当よりが合わないのだろう、と初見の優でもすぐ納得してしまうほどだった。
そして、連携能力と言えば、センターを守る光里を中心とした沙月、玲奈の外野手三人組である。こちらはもっと悲惨だ。
なぜなら、外野に打球が飛ぶたび、それがセンターの守備範囲外であっても光里が全速力で追っていくからだ。先ほども、どう考えても普通のライトフライを光里がダイビングキャッチで無理矢理捕球しようとした結果、取れるアウトをみすみす逃した。いくら俊足とはいえ、光里一人で広大な外野全体を守ることは不可能だ。
「光里! だからそこはライトの守備範囲なんですって!!」
キャッチャーマスクを外した朱夏が、ライトの定位置で転がったままの光里を叱責する。
「え~、でも取れそうだったら取りに行っていいんでしょ? 実際今も惜しかったじゃん!」
「惜しい惜しくないの問題じゃないんです! 今のボールはライトの沙月が捕りに行った方が確実でしょう!?」
「朱夏。確実なんて言葉は存在しないんだよ……。そうやって楽な道ばっかり選んでたら、すぐおばあちゃんみたいになっちゃうよ、おかっぱだし。人生は挑戦だよ、挑戦!!」
「あなたのチャレンジャー根性に付き合わされて迷惑を被っているのはこっちなんです! それに、おばあちゃんになるのと私の髪型は関係ないでしょ、このツンツン頭!」
「うっさい、おかっぱ!」
「ツンツン頭!!」
全く悪びれる様子を見せない光里と、その態度にますます語気を強めて怒鳴る朱夏。おかっぱとツンツン頭の子供みたいな言い争いは、終わる気配を見せない。
大声を上げる光里の傍らでは、沙月がくるくると枝毛をいじって煙たそうに傍観している。
沙月も沙月で、「ボール取りたいならどうぞご勝手に」とでも言わんばかりに、光里にすぐさま主導権を譲っているところにも問題がある。野球経験者の沙月にとってフライを取ること自体は難しくないだろうに、やる気の無さがその邪魔をしているようだった。
「沙月先輩のせいで、私がやる気満々で守備しているように見えてないか心配だ……」
優は、自身の評価が相対的に上がっていないか不安になりながら、恐る恐るマウンド上へと目をやる。
千鶴は、こんなひどい有り様でも常に笑顔を絶やさず、マウンドに立ち続けていた。
あんな守備をされたらふつう文句の一つでも言いたくなるものだが、千鶴は文句を言うどころか、守備陣のミスが出るたび「ドンマイドンマイ!」と励ましの言葉をかけるのだった。
「本当に楽しそうに野球をする人だなぁ……」
優は、野球を純粋に楽しんでいる千鶴を見ていつしか、嫉妬にも似た憧れを心の隅に抱き始めていた。
優にとって長いようで短いようだったこの試合も、ついに最終回を迎える。
あと少しで終わる――この気持ちがいったい何からくるものなのか。
今の優には、その正体がまだ、わからなかった。




