兆し①
2045年、4月18日 午前10時
その日、暁蒼助は私立清漣高等学園にいた。
20歳の男が通っているわけではない。
そもそも、この学園は一芸に秀でている者が日本人から集められた、いわば才能の宝庫である。
なんの取り柄もない、一般人である蒼助が通えるわけがなかった。
ならば、なぜそのような場所にいるのかというと、妹、暁安奈の進路指導面談に呼ばれたからに他ならない。
「にしても、やっぱりスーツは着慣れないな」
日頃はパーカーにだぶだぶのズボンが鉄板の蒼助にとって、スーツは着慣れないこの上ない。
文句を言いながらも、妹に恥をかかせまいと必死にネクタイの締め方を練習し、日頃は寝癖スタイルの髪も、今日に限ってはきっちり抑えてきた。
スーツに至っては、妹から面談がある旨を聞いた翌日には購入に走っていた程だ。
「安奈の教室はここか?」
2-Bと書かれた部屋の前までやってきた蒼助。
「少し早かったか。」
左腕の時計で時刻を確認すると待ち合わせ時間までまだ15分程あった。
「あっ!お兄ちゃん。早かったんだね」
蒼助が時計を見ていると、後ろから足早に近づいてくる少女、安奈がいた。
「まーな。可愛い妹を待たすわけにはいかないからね」
「とかなんとか言って、本当は家にいると緊張するから早く出てきただけじゃないの?」
図星である。実際蒼助は、緊張のあまり家に居づらくなり、予定時間よりも早くついた次第だ。
「それにしても、家にいるとき同様、可愛いなー。写真撮っていい??」
安奈に対し、携帯を構える蒼助。気づいたら、パシャパシャと音を出していた。
「お兄ちゃん!もっ!撮ってるじゃない」
顔を赤らめる安奈。そんな顔もまた可愛い。
「いやいや、可愛いいんだよ!背中まで伸びた黒くて綺麗な髪、ぱっちり二重瞼、右目の下にある控えめなホクロが可愛らしさをさらに増している。
顔だけじゃない、身長も大きすぎない160㎝、控えめなのは胸だっ」
「あああああああああっっっ!
これ以上は、ダメええぇぇぇぇ!」
必死に蒼助の口元を抑える安奈。
日頃の大人しい雰囲気からは想像できないくらい早い動きだった。
「あの〜、少し静かにして頂いていいですか?」
蒼助と安奈が騒いでいた隣、2-Bのクラスから顔を出す者、安奈の担任である。
「「・・ごめんなさい」」
兄弟揃って謝る次第だ。妹に恥をかかせないはずが、妹にも恥をかかせてしまう始末。
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「安奈さんは非常に優秀ですので、どの分野に進まれても問題ないと思います。」
面談開口一番に担任の先生が発した。
実際、安奈の成績を見ると確かにすごい。
学年でもトップ10に入る成績だった。
「ただ・・今の世の中を考えると、就きたい職に就くことが、本人の幸せに繋がるとは、私の口からは言えません。」
担任の先生が言っていることは正しい。
世界大戦が終結して5年。
人口が半数以下にまで落ち込んだ世界では、人類救済の名目で各国が躍起になって長寿命の秘薬を作ることに執着している一方、優秀な人材を確保しようと各国によるヘッドハンティングや、拉致が裏で横行しているのも事実だ。
そんな世界に安奈を入れたいと思うほど、蒼助も馬鹿じゃない。
だが、妹の幸せを、やりたいことをさせたいという思いもある。
「安奈は・・・どうしたい?」
蒼助は安奈に問いかけた。
どんな答えが返ってこようと、妹の意見を尊重したい。その気持ちがあったからだ。
「私は・・・」
俯き、言葉に詰まる安奈。その後、何かを決めたように顔を上げ、まっすぐ担任の顔を見て、口を開いた。
「私は、優しい世界を作る。そんな仕事に就きたいです。」