体育祭も楽しまなきゃね(校長談) 9
そして1時くらいが経った頃に、タダが近くまで来て私じゃなくオオガキ君を呼んだ。
「オオガキ、大島もういい?」
「ん?」と言ったオオガキ君がタダをじっと見る。
「帰ろうかと思って」と無表情のタダ。
「あ、そう」と同じく無表情のオオガキ君。
「あの…あのねタダ」と私が言う。「ごめん私今日寄るとこあった」
「どこ」
『どこ?』って感じじゃなくて『どこ!』に近い冷たい口調のタダに、「…ポンムベール」と答えたが、自分の誕生日のためのケーキを自分で予約に寄るなんて知られたくないかも。
「ニシモトんとこ?」とタダが聞く。「今から?」
ニシモトというのは、中学の時にヒロちゃんやタダと仲が良かった男子で、家がケーキ屋の『ポンムベール』をやっているのだ。
私とタダがその話をしている間に、オオガキ君がひざまずいて2人分のハチマキをスルッと解いてくれて、むくっと立ち上がると言った。
「誕生日おめでと大島さん」
「あ、うん」さっきも言ってくれたよね。
そしてオオガキ君は立ち上がり私の鉢巻きを返してくれたと思ったら、ポン、と私の頭に片手を置いた。
「今日はすげえ頑張ったね。オレも楽しかった」
「…あ、いえ、あの、ありがと」
オオガキ君の手はすぐに離れたけれど、急にそんな事をされたらドギマギしてしまう。
「大島!」
タダが私の手を掴んで急に引いたのでバランスを崩すが、そのままタダが腕を掴んで立ち直らせてくれたけど…
「じゃあオレら先に戻るわ」タダがオオガキ君に言った。
そうなのだ。学校に1回戻って着替えなきゃいけない。
「え~~オレも一緒に戻らしてよ」とオオガキ君が言う。「水本せんせーは?」
「学年の担当の集まりあるってもう戻ったけど」とタダが答える。
「それなら余計一緒に戻らせてよ寂しいじゃん」と、オオガキ君はおどけたように言う。「一人にしないで欲しいわ大島さん。一緒に来たのオレじゃん。今はオレの相方なんだから。ねえ?」
いやあ…なんかもうそんな事二人から言われたら絶対一人で帰って速攻で着替えてそのままこっそりポンムベール行きたい。
が、結局3人で学校に戻る事になる。並んでは歩かない。タダが先に歩き、その斜め後をオオガキ君。そしてそのまた斜め後を私。
「たまに手伝ってるらしい」とタダがちょっと振り返ってボソッと言う。
「「?」」と私とオオガキ君。
「ポンムベール。ニシモトがたまに店出てるって言ってた」
「ニシモトも作ってんの?」と私。
「いや、作ってない。レジとか」
ニシモトがいるのか…自分誕生日のケーキを予約するとか言ったらなんかからかってくるかな。
「そこ美味しい?」と聞くオオガキ君。「大島さん、教えてよ今度そこの場所。来月妹の誕生日だからオレが買ってやろうかな」
「そうなの?オオガキ君、妹がいるんだ?でも妹がいるお兄ちゃんぽいね。しっかりしてて優しいから」
「オレ?そうか?嬉しいけど、うちの妹中2なんだけどすげえしっかりしてて、いつもオレを下に見てくんだけど」
「そうなの?」とちょっと笑いながら聞いてしまう。なんか可愛いな。
「16日だよな誕生日」とタダが言った。
「…なんで知ってんの?」
「知ってるから知ってる」と答えるタダ。
「大島さん」とオオガキ君が言った。「今日のでかなりイイ感じだったけど、やっぱ明日部活に行く前に1、2回走ってみよっか。時間おいてもちゃんと出来るかの確認」
「いいの?」
「いいよいいよ。どうせなら1番狙お」
「1番は無理だと思うけど、でもありがと」
「うん。明日また迎えに行くから」
オオガキ君は陸上部の部室に着替えが置いてあるらしく校門で別れ、私とタダは体育館の中の更衣室でそれぞれ着替えた。
タダと帰るのか…目立たないようにしても女子のみなさんに見つかりそうだ。
さっきはオオガキ君もいて、私たちはチラチラ、下校する子たちに見られたし。
…うちにあるシャーペン、誰のなんだろう…
結局タダと帰る私だ。ポンムベールにも一緒に行くとタダが言う。
一緒に帰ったら当然いろいろ意識して、挙動不審になりそうで怖いなと思ったけれど、どうしても一人で帰ると言ってしまうのは、それはそれでカッコ悪いような気がして嫌なのだ。だって帰る方向、まるきり一緒だし。先に着替えて体育館の入口のすぐ外で待っててくれたし。ケーキの予約に行く『ポンムベール』を手伝っているらしいニシモトミノリもタダの友達だし。一緒に行ったら行ったでニシモトにタダと一緒に帰っている事までからかわれそうだけど、それが嫌で一緒に行かないって言うのもダサいかなって考えるのは、もうタダを意識し過ぎてるからだなって思う。
非常にめんどくさいな私。
「なあ」とタダが言う。「明日もオオガキと練習すんの?」
「…うん。言ってくれてたねオオガキ君」
「結構よく喋ってんじゃん」
いつもの淡々とした感じで言うタダ。
「…そうかな…」
「大島あんま男子とそんなには話さないじゃん。ヒロトとかオレとかは別だけど」
「なんかオオガキ君、気を使ってくれてんのかすごく話し易くしてくれて…」
「へ~~良かったじゃん」
「…うん」
「でもなんかオレはイヤ」
え?
タダが静かに言う。「なんだろ、自分でも変なんだけどヒロトしか許せんな」
「…なにが?」
「大島がヒロトと喋るとき嬉しそうにしてんのずっと見てきたけど、別にそれは嫌じゃなかったし。でもヒロト以外のやつと話して嬉しそうにしてるとイラっとする」
「…」
「大島がオオガキと走るのはイヤだって思ってるからなって話」
「…」
「ていうかさ!」タダが急に声を張ったのでビクッとする。「頭とか触られてたじゃん!後、練習中、両肩掴まれてたじゃんアレなに?なんであんな事されんの?なんで急にそこまで仲良くなんの?」
「…」
「オレより先に誕生日おめでとうとか言うしオオガキ。なにアイツ」
「…」
頑張って抑えようと思ったのに。
ぶわわわわっと顔が赤くなってしまった。
だって。これは完全にヤキモチだよね?タダがヤキモチやいてる!
わ~~~…と思う。顔が赤くなっている自分が恥ずかしくて、このまま走って先に帰りたい。8月の終わりにタダの家で昼ご飯を食べた後に『好きだ』って言われた時みたいに、タダの前から逃げ出したいと思ったのにポンムベールが見えてきた。