魔王様説明される
#8 魔王様説明される
「異世界に転生っていうと、あの転生か?」
「はい、あの転生です」
真剣な顔でそう答えるワボちゃんに、サクシはいやぁ一気に身近な感じになったなぁ、と思う。
想像通りの物なら、あの人たちはそのままにしておくのが幸せなんじゃないかなぁとすら思う。「そうもいきません。世界のリソースは有限なんです、足すのも引くのも危険なんです、特にこの世界からは」
「あーうん?どういう事だ?足すのも引くのも危険っていうのは分かるが、この世界からは特に危険ってのは?」
サクシの疑問にワボちゃんが大きく頷く。
「魔王様、中心の無い世界は普通はどうなると思われますか?」
ワボちゃんの質問に中心の無い箱を思い浮かべる、フレームがガタガタで形が安定しない箱になった。
「そうです、そんな感じになります。普通はそんな世界は存在しえません、すぐに潰れてしまいます。ですがこの世界は不思議な事になぜか存在し続けてしまいました」
先程のイメージそのままにギュウギュウの箱の中で不思議と潰れない歪な箱が出来上がる。
「問題は、そうやって他の世界からグイグイ押されたり潰されたりしている間に、この世界が上へ上へと押し上げられてしまった事なんです」
というかほぼ頂上にいますね、とワボちゃん。
世界の中の頂上の世界、まあ良く分からないが凄い位置にあるという事だけはサクシは理解した。
「更に言うと、こんな中心も無いガタガタの世界なんてって事で、どの神もこの世界には興味を示さなかったので、この世界には神がいないんです。本来なら何だかんだで神が消費するエネルギーが消費されなかったんです」
あー神様っているんだ、というのがサクシの感想だった。更にはそれがこの世界にいないと言われてもサクシとしてはピンと来なかった。
標準的な日本人としては多分俺の反応は正常だよな、と魔王になった事を多少ひきずっているサクシは確認するように頷く。
「さて質問です魔王様。そんな世界の人間が異世界に行ったとしたらどうなるでしょう?」
どうなるんだろうか?とサクシは想像しようとするがイメージがまったく湧かない。せいぜい出来たのは、中心が無いせいで不安定な箱が神の不在によって溜められたエネルギーで膨れあがっている、箱というよりは風船みたいな世界のイメージだった。
そんな世界の人間が他の世界へと行ったらどうなるか?等と問われても、それこそ想像もつかない。
サクシが答えられないのも予想の内だったのか、ワボちゃんが答えを言う。
「生きた相転移エンジンですよ」
ワボちゃんが非現実のくせにサイエンスフィクションな言葉を吐く。
サクシの知識だとネット配信サービスで見たアニメで出てきた言葉だなぁ、ぐらいだったが。高い位置から落とされる水で水車を回すイメージを思い出せた。
嗚呼、とサクシは納得する。
先程のパンパンに膨らんだ世界のイメージと、それが頂上にいるというワボちゃんの説明が、脳裏で繋がったからだ。
「ね?ヤバいでしょ?」
ワボちゃんがちょっと自慢げに言う。
「ハッキリ言ってしまえば、この世界から他の世界へ転生した者は最強ですよ。赤ん坊であっても砂漠の真ん中に放り出して余裕で生き抜くぐらいです」
つまりそれは生物の有り様すら変えうる程の現象なのだとサクシも理解する。
「というかまぁ、普通は異世界への転生っていうのは高きから低きへと発生するので、転生した者っていうのはそれだけでその世界では強者たり得ます。それにだいたいの場合においてその世界の神とかその代理機能者の加護などを得られるので更に強者です。ですがこの世界からの転生者は破格です」
ワボちゃんが言葉を句切り、演出過剰だなとサクシは思う、言葉に重みを足そうとする。
「何の加護も受けない状態で、言葉通り神すら殺せます」
神がどういうものかは分からなかったが、凄い事だけは分かった。
まあそうですね、この世界の人間である魔王様には分かりづらいと思います、とワボちゃんが苦笑しながら言う。
では話を続けます、とワボちゃん。
「普通は異世界へ転生した者は、だいたいが役目を負います。そして役目を終えれば元の世界へと帰るのが普通なんですが、この世界には今まで中心が存在しませんでしたので、帰ろうにも帰る場所が分からなかったんです。そうして異世界で迷子になっている人間の数がちょっとワボちゃん的に看過できない数になってきているのです」
「そんなに居なくなっているのか?」
サクシの疑問にワボちゃんが大きく頷く。
「そりゃもう、アイツらこの世界に神が居ないからって気軽にポンポン持って行きやがるんですよ。あげくに還そうにも還せなくて、自分の所の世界のバランスをガタガタにしてるんですよ?馬ッ鹿じゃねーのって感じですよ」
鼻息荒くそう語るワボちゃんは非常に不気味だったが、彼女が真剣に怒っているというのだけはサクシにも良く分かった。
何より勝手に持って行くというのがサクシ自身も気にくわなかった。せめて一言断ってからにしろと。
「というわけで私ことワボちゃんはですね、そうやって連れて行かれた転生者達をこの世界へと返してやりたいのです」
まあ、おおよその理由は分かったかな、とサクシは思った。
つまりはワボちゃんは、異世界で迷子になったこの世界の人間を連れ戻したくて、俺を魔王にしたのだ。
なぜそれが自分なのか、という疑問は晴れなかったが、サクシは納得は出来た。それにダンジョンで人も死んでいないとなれば、かかる迷惑の大きさには目を瞑るにしても、サクシとしても協力しようかな、という気にもなった。
あー、待てよ俺。
サクシは一つ聞き忘れていた事を思い出した。
「そういえばダンジョンってのは何の為にあるんだ?異世界から連れ戻すのなら中心があれば良いんだろう?」
「まだ説明してませんでしたね。魔王様、下に溜まった水を汲み上げるにはどうしますか?」
サクシはワボちゃんのその言葉でだいたいを察した。
「そうです、吸い上げるなり桶を使うなりしなければならないですよね。その吸い上げる為の力を溜めるのがダンジョンです」
ワボちゃんが大仰に両手を広げる。
「そしてそのエネルギーの元が、このダンジョンで倒された人間共なのです!」
全てを説明しきった、と言わんばかりのドヤ顔のワボちゃんを見て、サクシは新たな疑問が湧いてきた。
「なあ、ワボちゃん」
「はい、魔王様」
「一度目は良いとしても、二度目からは好き好んでダンジョンに入るような奴は居ないんじゃ無いか?」
一瞬の沈黙が降りる。
だがそれはワボちゃんの哄笑によって掻き消された。
というかウルサイ。顔も声も。
「そんな事もあろうかと!」
ワボちゃんが人生で一度は言ってみたい台詞トップスリーの一つを叫んだ。
「魔王様、このダンジョンには各種特典が用意されているのです!欲に塗れた人間共は我がダンジョンに挑み、そして我らが糧となるでしょう!」
そうワボちゃんは言うが、そんなに上手く行くだろうか?というのがサクシの感想だった。
というよりもマズ間違いなく上手くいかないだろうと確信していた。
何せ入り口は警察によって閉鎖されるだろうし、何よりそんな特典がダンジョンにある、だなんて知っている奴はいないだろう。
いやそもそもその特典自体も疑問だ。
金だった場合はその換金に困るだろうし、税金も掛かってくる。更には量に拠っては世界中の金相場を混乱させかねない。
宝石でも同じ事だ。
あれは宝石会社が宝石の流通量を制限しているからこそ、あの値段になっているのだ。ダンジョンから持って帰る事が出来たとしても、出所不明の宝石にどこまで価値が付くかは分からない。
「はっはっは!まさか魔王様、そんな金銀宝石だけなワケ無いじゃないですか」
ワボちゃんが、魔王様の想像を超えてやったぜーと小声で歌いながらクルクル回る。
広がるスカートから除く白い足が目の毒だった、その上にある能面顔は更なる猛毒だった。
殴りてぇ、とサクシが心底思うとワボちゃんが慌てて姿勢を正す。
「おそらく今頃はダンジョンから無事出られた人間共の状態に気が付いてる頃だと思いますよ」
あんなに逃がすつもりは無かったんですけどねー、とワボちゃんがサラリとサクシの傷を抉る。
「ダンジョンの力の一部を手に入れたという事がどういう事なのか、それに気が付いた人間はダンジョンに挑戦せずには居られないでしょうね」
ワボちゃんは自信ありげにそう言った。