ワボちゃん告白する
#7 ワボちゃん告白する
副官ポジションから玉座の真正面へと移動し、じっとこちらを見るワボちゃんを、真っ直ぐ見返しながらサクシは口を開いた。
「まず最初の質問だ、ダンジョン外に排除された人たちはどうなった?」
ワボちゃんが意外そうな顔をする。
「あれ?一番最初がそれなんですか?」
サクシはワボちゃんの言葉に呆れる。
「当たり前だろうが。それでどうなんだ?」
えっとですねぇ、とワボちゃんが顎に小指を当てる。
「基本的には溜めてる状態ですね。子連れさんも多かったので、お子さんと離ればなれになったりしたら心配するでしょうし。あとは適当に時間をずらして、はぐれないよう外に出していこうかと思っています」
なんだその気遣いの塊、なぜその気遣いが俺に出来ないのか、この能面顔は。
「よし、じゃあソッチはそれで頼む」
サクシはワボちゃんに対する不満をひとまずは飲み込んでそう指示した。おそらく指示などしなくてもワボちゃんはそつなくこなすだろうと、分かってはいたがサクシは指示を出しておきたかった。
ここまで来て、ワボちゃんが勝手にやった、というのは何となくだが言い訳にしか感じられなかったからだ。
さてと――。
サクシは心中そう呟き、姿勢を正した。
「じゃあワボちゃん質問の続きだ」
ワボちゃんが無言で頷く。
「魔王っていうのは何なんだ?ダンジョンを作る目的は?そして何よりワボちゃんの目的はなんだ?」
サクシの矢継ぎ早の質問にワボちゃんが困った顔をする。
答えたくないというのではなく、どう答えようかと考えている顔だった(能面顔)。
サクシはワボちゃんの表情を細かく読み取れるようになってきている自分に恐怖を感じながらも、辛抱強くワボちゃんが答えるのを待った。
「そうですねぇ……。魔王様はこの世界がどう出来ているか分かりますか?」
答えを辛抱強く待っていたサクシに投げかけられたのは、予想外の質問だった。
「世界?世界っていうと、この俺たちが住んでいる世界か?」
「はいそうです」
「えーっと、宇宙の銀河系の地球って惑星で、空気とか水とかがあって沢山の動物がいて」
なんとか質問に答えようとするが、これはたぶん正解じゃないなとサクシは自覚する。たぶんワボちゃんはこういう事を聞きたいわけじゃないと思う。
採点結果を待たずに落第を悟る生徒の気分でワボちゃんの反応を待つ。
「はい、まあ、突然こんな質問されても困りますよねー」
分かってるなら聞くなとツッコみたいのを我慢する。
「えっとですね、世界というのはつまり時空間の事です。ようは箱ですね、今の魔王様のお答えはその箱の中身のお話です」
ワボちゃんが馬鹿にするような事なく説明していく。
「ただですね、その箱なんですけど実は幾つもあったりするんですよね。あ、平行世界じゃないですよ、ぶっちゃけると異世界です完全な」
なんというか、余りにも自分が求めた答えとは違い過ぎて戸惑い以上に好奇心が勝ってしまうなと、サクシは思う。
たぶんワボちゃんが自分でも分かるように、アナロジー(例え話)を使って説明してくれているからだろう。
これが数式やら法則やらを並び立てられて説明でもされていたら、投げていた(ワボちゃんを)自信がある。
サクシは内容はともかく、ワボちゃんの気遣いに素直に感謝する。
「で、ですね。その箱なんですが普通は箱として成立するのにですね二つの物が必要なんですよ」
言外に分かりますか?と問いたげなワボちゃんの声にサクシが答える。
「一つは枠だな、それが入れ物というのなら」
天板とか底板とかまでは言わない、これはそううい問いではない。境界線の話だ。
「はい、その通りです」
自分の説明が理解されている事に満足げにワボちゃんが頷く。
「もう一つは――なんだ?箱が成立する条件?体積?中身を入れる空間?」
サクシがもう一つの条件を当てようと答えを考えるが、出てこない。どれも違うのはワボちゃんの反応を見れば明らかだ。
「正解はですね、中心です」
「中心?」
ワボちゃんの答えにサクシはオウム返しに聞き返す。
「はい、中心です。全てはそこから決まります。全てはそこから始まります。ここからここまでが世界だと、その中心が決めるのです」
サクシはワボちゃんが言いたい世界のイメージが何となく出来るようになった。
と言っても暗い空間に幾つもの箱がひしめき合っているような単純なイメージだったが。
「あ、そういうので十分です」
とサラっと内心を読むワボちゃん。
サクシもサクシでいい加減慣れてきたので文句も言わない。
「でも箱の数をもっと増やして頂くと良いかと。それもギュウギュウに」
そんなにあるのか異世界、とサクシは驚く。
「ありますね、それはもう沢山」
ワボちゃんが両手を大きく広げて、子供のように沢山を体で表す。
大人のようで子供っぽく、そして不親切なのに親切で、有能なのに無能。
ワボちゃんのチグハグな印象には慣れたとは言え、時折得体の知れなさを感じさせる。
不思議な事に恐怖は感じないのだが、サクシはそれが自分が魔王に変質したからではないかと不安になる。
ああ、いや待て、もうそれは振り切った。それはもう割り切っただろう、俺。
サクシは視線でワボちゃんに続きを促す。
「そしてその沢山の箱の中の一つが、今ここです、この世界です」
しかし、とワボちゃんが言葉を句切る。
「この世界には問題がありました、それはもう大変な問題が。魔王様、この世界には中心が存在しなかったのです」
この世界の問題を語るワボちゃん、だがその顔には問題を憂う様子は無い。
「ですがそれも今日までです。何故なら魔王様、貴方様こそがこの世界の中心となられたのですから」
つまり魔王とは、世界の中心を勤める者の職業名らしい。
そんな個人に拠った世界の中心なんて物があって良いのだろうか?というのがサクシの感想だった。
そいつが死んだりしたらどうするんだ?
その疑問にワボちゃんが笑いながら答える。
「やだなあ魔王様、ワールドボイスの加護を得ているんですよ?熱核攻撃だってそよ風ですよ」
物騒すぎる例えにサクシは引きつった笑みを浮かべる。
ちょっと前にも同じ説明をされたが、その時はまったく本気にしていなかったのだ。
だが今はたぶん本当なんだろうなあ、という嫌な確信がある。
「えーっと、つまりワボちゃんの目的っていうのは、この世界に無い中心を作る事だった、で良いのかな?」
突然、世界の中心宣言という、とんでもない事を言われて戸惑いながらもサクシは質問する。
とにかく今は情報が欲しい。
しかし、貴方は世界の中心です、っていうのは頭に“私の”を付けてくれれば女の子に一度は言われてみたいもんだなあ、とサクシは下らない事を考える。
「やだ、魔王様ロマンチスト」
ワボちゃんが頬を赤く染めながら恥ずかしげに言う。
「貴方は私の世界の中心ですよ」
更には恥ずかしげに身をくねらせながら言う。
「いや、そういうの良いです」
「良いですか」
「はい」
サクシはせめて顔を作り直してから言えと、そんなワボちゃんをばっさり切り捨てる。
ワボちゃんが小声でサービスのしがいが無いと文句を言っているが、能面顔の少女に求めるサービスに萌えは含まれない。
「えーっとですね。私の目的はですね、確かにこの世界に中心を作る事もそうなんですが、それだけじゃなくてですね」
再びワボちゃんがどう言えば伝わるか考えるように言葉を探す。
「それ自体は手段みたいな物なんです」
言葉を見つけたのか、ワボちゃんが真っ直ぐサクシを見つめる。
言葉以外でも、どうかこの想いが貴方に伝わりますように。
それは真摯な祈りにも似た告白だ。
「私は異世界に転生させられた人たちを、この世界に帰してやりたいのです」
ワボちゃんの声はどこまでも真剣だった。