魔王様敗北する
#7 魔王様敗北する
広間にいたモンスター達が雄叫びを上げながら出て行くのを、サクシは唖然として見送った。
なんていうか迫力満点だったのだ。
唯一コボルトだけは相変わらず愛くるしい二足歩行の柴犬にしか見えなかったが、他はモンスターと呼ばれるに足る、それはもう凶悪なツラだった。
怖ぇ、というのがサクシの正直な感想だった。
「さぁ見てください魔王様!我らがモンスター共の晴れ舞台を!」
ワボちゃんが演説のテンションそのままに、空中ディスプレイを指さす。
そこには先程サクシが色づけした出入り口以外に、幾つもの点が表示されていた。
殆どが赤と黄色でそこに少量の青色の点が混じっている。
「なんだこの点は?」
そうサクシがワボちゃんに問うと、ワボちゃんがドヤ顔で答えた。
「ダンジョン内の人間共の位置です!」
「それが出来るんならさっき言えよ!」
サクシの口から全力のツッコミが迸った。
えー?そんなこと言われなかったしー、みたいな顔をしている能面顔のスタイル抜群美少女を蹴り倒したい衝動に駆られながら、サクシは自分がルールを知らないという事を痛感した。
このダンジョンとかいう理不尽のルールも知らないし、自分がなってしまった魔王というルールも理解していない。
これはマズいとサクシは思う。
間賀サクシという少年は、ゲームをプレイする前に説明書を熟読するタイプだった。昨今のゲームにチュートリアルが無いなんて事は希だが、サクシは説明書を熟読するタイプだった。
一度頭に入れてから実際に手を動かす、というのは初めから手を動かして覚えるよりも、抜群に覚えが良いという事を実感していたからだ。
人との対戦が主なゲームの場合は、それこそルールを知っているかどうかが勝敗に直に繋がる。
だというのに自分はこの“ゲーム”の勝利条件すら知らないではないか、サクシは自分の状況が想像以上にずっとマズいという事を理解する。
というか、だ。
だいたいこういう時にサポートするのがワールドボイスなんじゃないのか?超常的に世界を神の視点から見て主人公をサポートするのが、ワールドボイスってもんじゃないのか?
サクシは不親切ワールドボイスをジト目で見てみるが、とうの本人は、そんなに見つめて私って可愛いですか?と言わんばかりに可愛いポーズをしている、能面顔で。
しかし腹が立つのがこのダンジョンのインターフェイスの出来が以外と良い点だ。
ダンジョン内の人間を示すあの点にしても、青が残り蘇生ストックが3で黄色が2、赤が1だというのが初見で分かる。
つまりは人間のゲーム文化を分かっているという事だ。
どういう仕組みでそうなっているのか検討もつかないが、人間の文化を理解しているのなら説明書ぐらい用意しておけと、サクシは憤る。
いやまぁとりあえず、それは後にしよう。
サクシは今は今回のダンジョン内人類蹂躙作戦に集中する事にする。
マップ上では白い点で表しているモンスター達が順調に南側から人間を追い立てているのが分かる。
オーガ達が東西に別れる道中でついでとばかりに人間を駆逐していく。今は移動を優先しているのか逃げ出した人間を深追いする事はしていないようだ。
オーガが東西に別れる頃には人間を示す点が半分程に減っていた。青い点に至っては片手で数えられる程に減っていた。
それでもまだ千じゃ足りない数だが。
マップでは南側から追いやられた人間が徐々に固まりとなって北側へと追い詰められていく。
よしここでだめ押しだ。
「ワボちゃん、オークはどれくらい、いや細かい数は良い。全ての通路に配置出来る程度の数は残っているか?」
「はい、オークさんは出入り口の配置にしか使っていませんので、まだ余裕はあります」
「よし、なら残ったオークで道を塞げ。塞ぐ場所は今集まりつつある人間が通れる道だ、広い通路には多めに配置するのを忘れるな。あと移動時に出来るだけ人間との接触は避けろ、特に人間が集まりつつあるエリアを横切るのは厳禁だ」
今オークに人間が集まっている場所に行かれては、せっかく集めた人間が散り散りになってしまう。
たぶんオークだろう、出入り口付近にいた白い点が命令を受けて移動していく。ちゃんと命令通り人間が集まっている場所を避けて移動していく。
梅田地下街で広場のようになっている場所は、だいたいにして出入り口の近くだったりする。
なのでそこには必然、モンスターが配置されているので、追い詰められた人たちはそこから少し離れた場所なんかに集まり始めている。
後はオークが道を塞ぎきったら、東西に分けたオーガで同時多発的に強襲すれば一人残さず蘇生ストックを0に出来るはずだ。
実に順調だった。
そこに油断があったと言われたらサクシは反論出来なかっただろう。
残念ながらここにはそんな、ありがたい助言をしてくれるような人間はいなかったが。
突如としてマップ上の点が集団的に動き出したのだ。もっとも近く、もっとも大きな出入り口、ホワイティ梅田から阪急梅田駅へと続く階段に向かって。
サクシはそう言えばあの辺は百貨店の地下フロアの入り口があるけど、そこはどうなってるんだろう?
等というどうでも良いことを一瞬考えた。
「魔王様!」
ワボちゃんの驚いた声に現実に引き戻される。
サクシは突如大移動、それも組織だった大移動を開始した人間を示す点の群れに驚愕する。
そして自分が時間をかけすぎたのだと悟った。
サクシは自分が気を失っている間の時間を考慮していなかったのだ。あそこに残っている点の群れは、サクシが気を失っている間中も生き残った人間の点の群れなのだ。
流石に蘇生ストックのシステムも身をもって体験しているし、おそらくその回数も理解しているだろう。
そんな人間がモンスターに追い詰められたのだ。
「そりゃぁ、覚悟を決めるだろうな」
サクシは思った以上に他人事な感想が口をついて出た事に驚きはしなかった。
ルールを教えて貰えていないゲームをプレイしていればこんな物だ。勝利条件も敗北条件もハッキリしないのなら、そのプレイは曖昧な物にならざるえない。
だがそれでも一度は決めたのだ、記憶を無くして帰っていただこうと。
「ワボちゃん、今すぐオークとオーガを突入させろ」
「はい!」
ワボちゃんがサクシの命令に即答する。
即答するがどうなるかは微妙だ。
マップ上ではホワイティ梅田の広場で、人間とモンスターが正面から激突した所だった。
人間を示す点が消えていくが、モンスターを示す点も勢いよく消えていく。
単純だが人海戦術は効果的なのだ。
マップを良く見れば黄色の点が赤色の点を守るように陣形を作っている。
サクシの予想でしかないが、指揮をとっている人間がいるのだろう。
そして相手の勝利条件は至極単純だ、蘇生ストックがある内にダンジョンから脱出する。
動きを見れば分かる、冷静に観察してルールを見つけた奴がいるのだ。
旧日本軍で精強を誇ったのは東北出身者の部隊だったらしいが、関西人も波に乗せたらヤバいのだ。
ノリで橋の上から飛び降りる馬鹿が本当にいるという馬鹿なお国柄を舐めてはいけない。
あともしかしたら、戦国ヤンキーこと長宗我部家と家臣の子孫だらけの岸和田の連中でも混ざっていたのかもしれない。
ゴリゴリと減らされる自軍の消耗スピードにサクシは冷や汗をかく。
オーガとオークの部隊がやっとで救援に駆けつけた時には、既に出入り口を守っていたモンスター達が全滅させられた後だった。
後は数百人の人間が無事にダンジョンを脱出するのを見送るしかなかった。
サクシは自分の敗北を悟った。
なんというか凄まじく悔しかった。
ルールを知らされないままゲームに参加させられて、相手が負けそうになってから本気を出してきた時なみに悔しかった。
馬鹿は馬鹿なりに色々考えたのだ。
勿論、相手が突然巻き込まれて迷惑している人達だとも理解している。
それでもなんとか今日という日が何か不思議な事に巻き込まれたね、で済むように記憶を奪おうと無い知恵絞って考えたのだ。
だが相手にそれを慮れなど、理不尽としか言いようがないだろう。何せ相手はモンスターに襲われ、追われていたのだ。
自分が受けた理不尽を理由に、他人に理不尽を強いる等という事を、自分に許せる道理をサクシは知らない。
理不尽とは嘆く物ではない、打ち払う物なのだ。
サクシは数度の深呼吸をした。
まずはルールを知らなければならない。
「ワボちゃん、確認したい事がたくさんある」
ワボちゃんはサクシの問いに答えた、絶えず微笑みを浮かべているかのような能面顔で。
「はい、魔王様。如何様な質問でもお答えいたします」