魔王様命令す
#6 魔王様命令す
自分が感じていたあの違和感が、まさに正解だった事にサクシは大きく安堵した。
なんというか命のやり取り感がまったくしなかったのだ。
全てがゲーム的というか映画的というか、サクシにとっては全てが現実の物とは思えなかったのだ。
最初は現実逃避の一環かと疑ったが、頭の上に出る数字のせいで、最後にはかなり冷め切っていた。
だがそれでもサクシは大きく安堵した。
自分が巻き込んでしまった人たちが死んでいないという事に。
だがそれでも確認しなければならない事があるなと、サクシは思わず大きく背中を預けていて背中を正す。
「ワボちゃん」
「はい、魔王様」
「ダンジョンの中の人たちは殴られたりしたらやっぱり痛みなんかを感じるのか?」
その瞬間ワボちゃんが信じられない物を見る目でサクシを見た。
「え……そっちの方が良かったですか?」
サクシはその目で見られて慌てて否定する。
「いや!痛みを感じてないならそれで良い!」
サクシの答えにワボちゃんが、よかったーと小声で呟く。
「多少の振動みたいな物を感じるだけですね」
ダンジョンの中に捕らわれた人たちは、死にもしないし痛みも感じない、多少視覚的には怖い目にあうだろうが死ぬよりはマシだろう。
しかしだからと言って何もしないわけにはいかない。サクシはワボちゃんに指示を出す。
「ワボちゃん、モンスターは俺の言うことを聞かない、それは間違いないな?」
「はい、配置されたモンスターさん達の行動を自由にする事は出来ません」
「でもワボちゃんはモンスター達を出入り口付近に配置させたんだよな?ドコに居るかはこちらで命令できるんじゃないのか?」
「はい、この辺で行動しろという命令でしたら可能ですが、それがどうかされましたか?」
なら話は簡単だ。
サクシはマップを見る。
「全モンスターを梅田側地下の南側へ集中させろ」
ちなみに梅田地下街は全て含めて一層と数えられているらしく、東側にくっつくようにダンジョンの残り二層が形成されている。
「南側からダンジョン内の人間を北側へ追い立てろ」
「了解しました」
ワボちゃんがそう言って両腕を指揮者のように振るうが、ふと手を止めてサクシの方を見てきた。
「ですが魔王様、おそらくですが移動の段階で殆どの人間の蘇生ストックが切れるかと」
言外にこの移動は無駄ですと言いたげなワボちゃん。サクシはまたもや現れた看過出来ない言葉の出現に胃を痛くする。
「蘇生ストックとは?」
「ダンジョンに入った人間が蘇生できる回数ですね」
とそれは分かる、というような説明をワボちゃんがする。
「切れるとどうなるんだ?」
「ダンジョンの外に強制排除ですね、その際にはダンジョン内での記憶は消されます」
何度目の安堵だと思いながらもサクシはホッとする。
そうか、記憶は消えるのか。
「はい、ダンジョン攻略の記憶を外に持ち出すのなら生きて帰るかアイテムを使う必要があります」
「なら計画変更だ、南側に移すのは半分で良い」
サクシがマップの出入り口に色がつかないかな?と思っていると、思った通りに色がつく。
ふむ、これなら――。
サクシは足を組むと、膝の上に肘をたてる。そして前傾姿勢になり親指の上に顎を添える。
「いや、すまない」
サクシの命令を実行しようと腕を振るうワボちゃんにサクシが謝る。
「更に命令変更だ、各出入り口にオークとゴブリン二体を配置、残りのモンスターで掃討戦を開始する。斥候としてコボルトとゴブリンを二体一組で南側から北側に向かって人間を追い立てろ、オーガは半分に分けて東西から挟め」
ポカンとしているワボちゃんを見てサクシが確認する。
「この命令は通るか?」
「はい、この命令でしたら通ります」
よし、サクシは自分が想像した通りだと頷く。
ワボちゃんが配置を自由にしていたのだから、まったく命令が出来ないというわけではないはずだ。だがワボちゃんは人を襲うなという命令は出来ないと言った。
ダンジョンはそういう風に出来ていないからと。
だったらダンジョン的な命令は通るはずだ。例えば、中にいる人間を追い込む為にとかならば。
サクシはワボちゃんに最後の命令を下す。
「勿論移動時に見つけた人間は出来るだけ」一瞬だけサクシはためらう「確実に殺せ、蘇生ストックを消費し尽くさせろ!」
ワボちゃんがその命令に嬉しそうに応える。
「はい、魔王様!全モンスターにそのお声、余すこと無くお伝えいたします!」
ワボちゃんが両腕を天に掲げる。
「聞け!ダンジョン全てのモンスター共よ!魔王様が命令された!お前達全てに命令された!お前達は一人に仕え!全てを使え!命を賭せ!生きて死ね!三千世界全ての迷子共の為に、魔王様はお前達全てに今こそココぞと仰られたのだ!さあ蹂躙の時間だ!」
ワボちゃんの声に、広間にいたオーガ、オーク、コボルトにゴブリンが雄叫びを上げて走って出て行った。