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ダンジョン拾いました  作者: たけすぃ
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勇者佐藤さん

#5 勇者佐藤さん


 ダンジョンとは、そこに入ってきた者を倒し、そして力を蓄える物。それを止める事は何をもってしても不可能。

 そう説明するワボちゃんの姿をサクシは見ることが出来なかった。

 項垂うなだれ、呻くように浅く息を吐く。ワボちゃんが明るい声で何かを言い続けているが、サクシの耳には入ってこなかった。

 ふとサクシの肩に手が置かれる。

 暖かく優しい手だった。

 サクシは思わずすがるようにその手を握る。手の平から伝わる柔らかさが、暖かさが、思わず涙が出る程に嬉しい。

 サクシが若干涙ぐみながらも顔を上げると、オークが優しい笑顔で頷いてきた。

「豚に慰められるほど落ちちゃいねぇ!」

 サクシは全力でオークを殴り飛ばした。


 起きてしまったのなら仕方が無い。

 サクシは割り切った。

 何人犠牲になったかは分からないが、今からでも救える人間を救うべきだ。責任をとるとかどうとかは後から考えるんだ。

 殴り飛ばされたオークが、浮気がバレたけど彼氏にフラれるワケがない、と思っていたら予想外に盛大にフラれた、時のような顔でサクシを見ていたが、サクシは無視した。

 オーガが優しく胸を貸しているのが、驚くほどキモい。

「ワボちゃん」

「はい」

「何人生き残っているか分かるか?」

「正確な人数はちょっと」

 ここで一つ深呼吸。覚悟を決める。

「ダンジョンの中を見せてくれないか」

 サクシは自分が確認しなければならないだろう、惨劇を覚悟してそう言った。

「はい、分かりました」

 と答えたワボちゃんの声に被るように、空中ディスプレイに映ったままのテレビ中継からリポーターの叫び声が聞こえてきた。

 警察の張る規制線を、つまりは地下街への出入り口を指さしながら、人が地下から出てきたようです、とリポーターが緊張した声で実況している。

 カメラマンとリポーターが規制線ギリギリまで走る。

 サクシはワボちゃんにテレビが映ったウィンドウを前に持ってくるように指示する。

 ウィンドウの中では多数の警察官が階段に集まり出すが、なぜか階段の手前で立ち止まり、それ以上は近づこうとしない。

 ワボちゃんが、現在ダンジョンは新規入場を禁じていますので、と説明してくれる。

 現地のどよめきをテレビクルーのマイクが拾う。

 二人いるぞ、というヤジウマの声が聞こえたかと思うと、階段を上ってくる男女の姿が見えた。

 一人はスーツを着た男で、左腕で女性をわきに抱えるように支え、右手には何故か棍棒を持っていた。

 もう一人はドコにでもいそうな大学生くらいの女性で、女性はグッタリとして足下も覚束おぼつかない様子だったが、その目はシッカリと出口を見据えていた。

 地下への出入り口を照らす照明の中、ゆっくりと姿を現す二人の姿は、映画のワンシーンと言われても信じられそうだった。

 つまりサクシには、それぐらい非現実的に見えた。

 サクシは少なくともこの二人は助かったのだと、自分を慰める事にした。これから見る事になるだろうダンジョン内の惨劇の前に、サクシはこの二人が助かる光景を見れて良かったと心から思った

 一瞬、二人に対する感謝の印のように頭を伏せたサクシは、リポーターの叫び声で再び顔を上げた。

 サクシは自分が悲鳴を上げなかったのは驚き過ぎたからなのか、それともその資格が自分には無いと思っていたからなのか、分からなかった。


 女性の胸から、長く黒い柄の槍が突き出ていた。

 階段最後の一段を前にして力なく倒れる女性と、それを必死に支えようとする男性。周囲は余りにも唐突に現れた残酷な光景に動揺し混乱する。

 警官隊の数人が拳銃を取り出す。

 何故なら階段の下、地下街の方からとてもじゃないが人間とは思えない、獣のような叫び声が聞こえてきたからだ。

 そんな惨劇の光景を目にしながらサクシは小首を傾げていた。

 今、一瞬見えたのは――。

 サクシはワボちゃんに今自分が見た物がなんなのか問おうかと思っていると、テレビの中継は更に信じられない光景を映し出していた。

 胸を槍で貫かれた女性が淡く光りだすと、なんと光の粒子になって消え始めているではないか。

 サクシはめまぐるしく変わる光景に目眩を起こしそうだった。

 ついに女性が光の粒子となって消え去ってしまうと、サラリーマンの男性が後ろを振り返り雄叫びを上げた。

 何事かと身構える警官達とは別に、その雄叫びに答えたのは地下から現れたオーガの雄叫びだった。

 オーガはその巨体からは想像できない素早さで階段を走り上がると、迎え撃つように立つ男性にその筋肉の塊のような腕を振り下ろした。

 突然現れた非現実の怪物に悲鳴が上がるなか、男性は振り下ろされたオーガの腕を棍棒で迎え撃っていた。

 筋肉と棍棒での一瞬の鍔迫り合いの勝者はオーガだった。男性の体が大きくはじき飛ばされる。

 階段の外まではじき出された男性を、オーガが恐ろしい雄叫びを上げながら追いかける。

 千切れ飛ぶ立ち入り禁止のテープ、慌ててオーガを避ける警官達と怪物の姿に慌てふためき逃げようとするヤジウマ、そして更に近づこうとするマスコミとで周囲が混沌とする。

 混沌の結果、男性とオーガを囲む円形の人垣が出来上がった。

 警官がオーガに向かっておとなしくしなさいと大声を上げているのは、この場この時に至っては滑稽ですらあった。

 非現実の具現、ゲームやアニメから出てきたかのようなオーガの姿は、それが非現実的でありながら一切の嘘を許さない生身の迫力に溢れていた。

 そのオーガはすでに拳銃すら取り出している警官達を無視して、スーツ姿のどこにでもいそうな男性だけを見ていた。

 口からよだれを垂らし興奮したようすで体を上下させるオーガとは対照的に、男性は静かに構えている。

 その目は射貫くような鋭さでオーガを見据えていた。

 周囲のざわめきも警官達の場違いな声も二人には聞こえなかった。

 開始はオーガの姿に冷静さを無くした警官の発砲だった。

 外しようも無い距離で発砲されたその弾丸はオーガの表皮で空しく弾かれ、オーガと男性はその発砲音を合図に激突した。

 振り下ろされるオーガの拳を横に避ける男性、避けざまにオーガの脇腹に棍棒を叩きつけるとその勢いのまま距離をとる。

 脇腹の痛みに苛立たしげな雄叫びを上げながら、オーガが地面をなぎ払うように腕を横に振るう。

 だが男性はそれを完全に予想していた。

 オーガの腕が胸をかするようなギリギリの距離でその腕を避けると、男性は棍棒を大きく振り上げた。

 目の前には無防備に晒されるオーガの頭、高すぎた頭部の位置も今は十分に手が届く手頃な高さ。

 男性が獣じみた雄叫びをあげながら棍棒を振り下ろす。

 ゴン、という生々しい音と共にオーガが顔面から地面へと叩きつけられる。

 信じられない事にオーガの頭部はアスファルトを砕き、半ば地面に埋まってしまっていた。

 確かに男性は平均的な日本人よりは体格に恵まれていたが、とてもじゃないがそんな筋力がありそうでは無かった。

 だが、そんな疑問は周囲の人間達には無意味だった。突然現れた怪物を倒した英雄、人々にはそうとしか見えなかった。

 地鳴りのような歓声が彼を包む。

 しかしその歓声を一身に浴びる男性は悲しげに顔を歪ませるだけだった。彼にとってこれは敗北だった、もう一人いるべき人間がいない、その喪失感は彼自身が想像した以上のものだった。

 そんな彼の様子に周囲の人間が気がつき、重苦しく痛々しい沈黙がその場を包むのに時間は必要なかった。

 警官数人がそっと彼に近づき、棍棒を渡すよう告げる。

 だがその言葉に彼が従う事は無かった、力なくその場に棍棒を落としたからだ。

 彼の口が何かを言おうと戦慄わななくが、言葉は何も出てこなかった。

 幻想的な光が空中を舞っていた、まるで無数の蛍が飛び交っているような美しさすら感じさせる光景だった。

 その光の中心に一人の女性が立っていた。

 それは先程胸を貫かれ、光となって消えてしまったはずの女性だった。

 言葉よりもまず行動が先にでた。

 男性が走るような勢いで彼女に近づくと勢いそのままに女性を抱きしめた。

 その顔には喜びの感情が浮かび、そしてそれと同量の涙で溢れていた。

「ずっとバタバタしてて、必死で……聞きそびれていたんだけど、良かったら君の名前を教えてくれないか?」

 男は抱きしめながらそう涙声で言った。

「めぐみ、あなたは?」

「佐藤、俺の名前は佐藤です」

 それが、後に勇者佐藤と呼ばれる男が初めてテレビの前で名乗った瞬間だった。

 その光景は美しくさながら絵画のようであったが、サクシにはまるで映画のように感じられた。

 それも極めて陳腐な。

 万雷の拍手が鳴り響く映像を前に、サクシは極めて冷め切った声でこう言った。


「なんだこの茶番?」

 ワボちゃんがサクシのその言葉に、マジかこの男、みたいな顔で振り返る。

 その顔は(能面顔)感動の涙でグッチャグチャで、気持ち悪いとかそういうのを超越した何かになっていた。

 お前はモンスター側だろうと、サクシは思いながら頭を振る。

 サクシは先程見た映像を思い出し、自分が見た物がいったい何だったのかを改めて考える。

 女性が槍に貫かれた瞬間、男性がオーガの腕にはじき飛ばされた時、そして男性がオーガを棍棒で殴った時。

 その度に彼らの頭上に現れていた、クリティカルとかHPマイナス25とかのあの文字は、一体何だったのかとサクシは考えた。

 ふと一つの可能性を思いついたが、サクシは思いついたその可能性に安易にすがったあと、ワボちゃんによって否定されたらどうしようと若干の不安を感じたが、その可能性を捨てきる勇気も持てなかった。

「なぁワボちゃん」

 サクシはオーガ達と一緒に、ちょっと魔王様ありえなくない?アレ超感動的だったよね、等と喋っているワボちゃんに声をかける。

 ワボちゃんがパッと背筋を正し愛想良く返事をしながら副官ポジに戻る。

「はい何でしょう魔王様」

 サクシは自分の不安を無視して、なるだけ重くならないように尋ねる。

「なあ、もしかしてモンスターに倒されても死なない?」

 ワボちゃんが馬鹿な小学生男子を見る目でサクシを見た。

「何言っているんですか魔王様」

 サクシはその言葉にぐっと自分の不安を飲み込む。

「ダンジョンで人が死ぬわけないじゃないですか」

 ワボちゃんはそう言って笑った。

 能面顔で。

次の更新は日曜日予定

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