魔王様、ワンちゃんに賭ける
気絶したのか、とサクシは覚醒しつつある朦朧とした意識の中で認識した。
体中が今まで感じた事の無い倦怠感に包まれている。出来ればもう一度気絶したいくらいだった。
「魔王様!魔王様!」
だがそれを邪魔する声がする。
ワボちゃんの声だと分かった。
というか自分を魔王様などと呼ぶのはあいつしかいない。
サクシは嫌々と目を開ける事にした。
そこは殺風景な大広間だった。
壁は灰色のレンガのような物で出来ており、床は濃い黒色の大理石のようだった。内装とは不釣り合いな蛍光灯が、青白い照明で部屋を不自然なほど、明るく照らしている。
サクシはその大広間で、一段高く作られた場所で、玉座に座っていた。
外じゃ無いのか、という事にガッカリしながらも、サクシはダンジョンを作る、等という非現実をした割には、五体満足であるという事に安堵した。
「魔王様!お目覚めになられたんですね!」
やたらとテンションの高いワボちゃんの声にサクシは、俗に言う副官ポジションの方へと視線を向けた。
「な――」
サクシは絶句した。
「おま――、お前、ワボちゃんだよな?なんで人間になってんだよ」
そう、ワボちゃんは黒い球体から人型へと変身していた。
腰まで届く黒く艶やかな髪、白磁のような、それでいて人間的な白さの美しい肌。黒いゴシック風ドレスに包まれた肢体は、その手足の先まで均整が取れた美しい物だと、その立ち姿を見ただけで、そう確信させるだけの迫力があった。
「どうです?いわゆる2.5次元美少女って奴ですよ。可愛いです?私可愛いです?」
そう言って、ワボちゃんは副官ポジションからサクシの前へとまわって、両手を後ろ手に組むと、可愛く小首を傾げた。
リサーチしたんですよー、とその声は自信に溢れている。
「なんで――」
サクシが呻くように言った。
「なんです?」
ワボちゃんが無邪気に問い返す。
「なんで顔が平安貴族なんだよ!」
サクシが叫んだ。かなり心から。
「リサーチしたって、なんで顔だけ時代がズレてんだよ!それじゃぁ生気のある能面じゃねぇか!怖いよ!確かに2.5次元、だ!け!ど!も!」
えー?間違えました?私?
とワボちゃんが可愛く指を顎先に添えながら小首を傾げる。能面顔で。
ワザとやってんじゃなかろうかと、サクシが疑い始めていると。
ワボちゃんがトテトテとでも、擬音が付きそうな、可愛らしい仕草で副官ポジションに戻ってくる。能面顔で。
「それより見てください!この大迷宮を!」
ワボちゃんの能面顔が自慢げな表情を浮かべる、完全にホラー面である。
「階層は三階層と今はまだ低層ですが、特筆すべきはその広さ!さすがサクシ様の創られたダンジョンです!」
と言われても目の前にあるのは、只の大広間である。さっきまで無かったのだから、自分が作ったダンジョンの一部なのだろうと思うのだが、これでダンジョン、と言われてもサクシには何の実感も湧かない。
「あぁ、申し訳ございません。今すぐ全域をお見せいたしますね」
ワボちゃんがパッと腕をふるうと、空中に半透明の窓が現れた、パソコンでよく見るあれだ。
サクシは、これアレだ、空中にディスプレイとか浮かべるアレだ、と現代日本人的な解釈をする。
そこにはマップが映し出されていた。
ワボちゃんの言うとおり全部で三階層ある、立体で表示された地図は、ゲームか何かの映像のようであった。
少なくともサクシにはそうとしか見えなかった。
が、先程よりかはずっと、自分が本当にダンジョンを作ったのだと実感できた。
望んでやった訳ではないので、実感できたからといって、それがどうした、と思わないでもなかったが、ある種の達成感があるのも事実だった。
「ん?」
サクシはある事に気がついて首を傾げる。
「やたらと第一層が広いな」
「あ、気がつかれました?」
とワボちゃんが嬉しそうな声を上げる。
「そうなんですよ!良く見てください」
そう言って、ワボちゃんが右手の人差し指を指揮棒のように振るうと、空中ディスプレイの表示が変わり、第一層だけが表示された。
んん?それを見たサクシが更に小首を傾げる。
なんだろう、すごく既視感がある。
「なんと第一層は、ダンジョン周辺の地下施設も取り込んだ物になっているんです!」
サクシは大きくむせ込んだ。
「最初は梅田ダンジョンだなんて、なんて不敬な異名だと思っていたんですが、取り込んでみれば成る程、なかなかの物だなと、ワタクシ考えを改めました」
ワボちゃんは咳き込むサクシを無視して、嬉しそうに語る。
「いや、それにしても流石はサクシ様です。まさか新たなダンジョンを作るだけでなく、そこに繋がる広大な地下施設をそのままダンジョンとして取り込むなんて。私には到底思いつきませんでした」
俺も思いついてねぇよ、とサクシは思ったが、自分がやらかしたトンデモナイ事態に、驚きすぎて声が出なかった。
「残念ながら店舗や駅、鉄道はダンジョンに取り込むことは叶いませんでしたが。それでもこの大きさです!素晴らしいです!」
テンションの上がりきった、生物感ある能面顔のスタイル美少女が、スバラシイ!魔王様スバラシイ!とぴょんぴょん飛び跳ねる。
暫くの間、サクシを褒め称えまくったワボちゃんは、肘掛けに突っ伏し動かなくなったサクシに気がつき、どうしました?とのぞき込むように顔を近づけた。
「元に戻せ!今すぐ!」
ショックから立ち直ったサクシは、掴み掛からんばかりにワボちゃんに迫った。
「そんな無理ですよ。無理無理」
とサクシとは対照的にワボちゃんは笑う。
そこでサクシは更に重要な事を思い出す。
「そうだ、人、地下にいた人たちはどうなった?」
爆発で大量殺人をしない為に作ったダンジョンで、大量殺人をしていては本末転倒である。サクシは万が一の場合は自分はどうすればいいのだろうかと、恐れながら尋ねた。
「勿論、ダンジョン内にいますよ」
と、ワボちゃんが言う。
続けてさっと腕を振るうと、もう一枚空中にディスプレイが現れる。
「ちなみにこんな感じになってますね」
そこに映し出されたのは、どこかの民放放送だった。
テレビの電波も拾えるのかと、意外な、そしてどうでもいい事にサクシは関心する。
サクシが気絶していた間に、日が落ちてしまったのか、照明に照らされたリポーターがJR大阪駅東口にある、地下への降り口前で深刻な表情で語っている。
突然変容した地下街にいまだ数千人の人が閉じ込めれているようだ、と。
最悪だ――。
サクシは思わず頭を抱えた。
その横で、フハハハ!愚民共よ恐れるが良い、とワボちゃんが高笑いしている。
いや、まだだ。
サクシはもう一つの空中ディスプレイへと目を向ける。
マップを見る限り、それは元の梅田地下街のままだ。店舗は取り込めなかったと言っていたから、そこはどうなっているかは分からなかったが、多数の出入り口があるのは間違いじゃない、多少迷ったとしても、無事に外に出られるはずだ。
それにワボちゃんは言ったではないか、俺の能力でモンスターを呼び出すのだと。だとしたら、今はまだモンスターはいないハズだ。
確かめなければ、ワボちゃんに――。
「なぁ、ワボちゃん、モンスターは」
「はい、もう既に配置してます!」
ワボちゃんは喰い気味に答えた。
サクシは数秒考えた。
終わった――。
サクシは右手で両目を覆い天を仰いだ。
どうやって責任を取れば良いのか検討も付かない。
だがそんなサクシの様子に気がつく様子も無く、ワボちゃんが自慢げな声で言葉を接ぐ。
「魔王様が気を失っている間に、ワタクシが配下のモンスターをご用意しておきました」
その声は完全に褒めてくれと言わんばかりだ。
「ついでですので、この場でご紹介いたしますね」
ワボちゃんが玉座の真正面にある、豪奢な扉の方を手で示す。
「まずは我らがダンジョンのアタッカー、オーガさんです」
ジャジャーン、というSEがどこからか流れてくると、扉が開き、筋骨隆々の人間の男が入ってきた。
いや男じゃ無い、人間の男には角なんて生えてないし、肌もあんなに赤くない。
それはまさにオーガ、鬼と呼ぶに相応しい姿だった。
入ってきたオーガは何を思ったのか、サクシに向かってダブルバイセップスのポーズを決めて、見事な両腕の筋肉と大胸筋をアピールしだした。
サクシは完全に言葉を失っていた。
完全に無理だ、こんなもん人類が素手で勝てる相手じゃ無い。
「続きましては、我らがダンジョンの遊撃手、ゴブリンさんです」
扉の前から横にどいたオーガに続いて、部屋に入ってきたのは、緑色の小人だった。
入ってきたゴブリンは何故かシャドーボクシングを始める。
どうやらサクシに向かってスピードを強調したいようだった。
「そして次は、我らがダンジョンの鉄壁のタンク、オークさんです」
ゴブリンが若干息を上げながら、脇へどいたオークに並ぶと、今度はオーガに負けず劣らずの巨漢が入ってきた。
だがその顔は豚その物で、とてもじゃないが人間には見えない。
オークはその豚顔の印象そのままの肥満体だったが、なぜか一瞬ゴブリンの方に視線をやると、突然素早いサイドステップを踏み出した。
サクシは眉をひそめる。
サイドステップ……いや!これはダンスだ、あのデブ、ダンスを踊ってやがる!
オークは、俺は動けるデブなんだぜ!とでも言いたげな華麗なステップを踏む。それどころか機敏な動きで上半身の振り付けも忘れていない。
だるん、だるん、と揺れる腹部と、キレッキレな両腕の振りが、奇妙な動きのコントラストを描き出す。
サクシは一瞬ではあるが、自分が大変な状況に置かれているという事も忘れて、オークのダンスに目を奪われた。
オークは最後にゴブリンを一瞥すると、その隣に移動する。
ゴブリンが悔しげに俯き地団駄を踏んでいる。
「そして最後は、我らがダンジョンの愛すべきマスコット、コボルトさんです!」
入ってきたのは、二足歩行する犬だった。
それも柴犬だった。
テテテ、みたいな感じで入ってくると、コボルトは突然サクシに向かって仰向けになってきた。
白いお腹が愛くるしい。
完全に犬じゃねぇか。
一瞬、自分の状況も忘れてツッコミかけたサクシは、突然始まった万国ビックリショーみたいな状況に流されてはいけないと、気を強く持とうとした。
コボルトが、僕やったよ!と言いたげな顔でオーガ達の方へ近づくと、モンスター達が良くやったとばかりにコボルトを撫でまくる。
オーガってあんなに優しい顔するんだ。
「違う!オーガの優しい笑顔に和んでる場合じゃねぇ!」
サクシが我に返って叫ぶと、ワボちゃんがキョトンとした顔をし、オーガが突然ゴーヤを投げつけられたような顔をした。
だがしかし、サクシはオーガの優しい笑顔に若干の希望を見いだしていた。
もしかしたらこいつらは、厳つい見た目に反して、優しい奴らなのかもしれない。それなら、それなら、まだ俺の人生にもまだワンチャンあるはずだ。
サクシはキョトンとした顔のワボちゃんへ、真剣な眼差しを向ける。
「ワボちゃん」
そういえば俺、自然とワボちゃんと呼んでるな。
「はい、なんでしょう魔王様」
「こいつら、人を襲ったり――」
「はい、バリバリ襲いまくってます」
ワンチャン無かったッーー!しかも現在進行形。
「勿論、人間達が逃げ出せないように、バッチリ出入り口を塞ぐように配置しましたので!しましたので!このワボちゃんが!」
ワボちゃん、ここで空気を読まずに、自分の功績アピール。期せずしてサクシの退路を断つ。
「止めさせろ!今すぐ、人間を襲うのを!」
サクシは今になって、もっと早くに出しておくべきだった言葉を叫んだ。
――が。
「すいません、魔王様、それは無理です。ダンジョンはそういう風に出来ていません」
返ってきたのは最悪の言葉だった。
次の更新は、たぶん日曜日くらい。