突然魔法少女? 91
『亡国?忘れたな。アタシは血の魔導師。機械帝国の世継ぎである黒太子カヌーバ様に忠誠を誓う者。テメーのような小物とは違うんだよ!』
そう言って余裕の笑みを浮かべるラン。その手に握られた鞭をしならせて明華ににらみを利かせる。
『ふっ、ほざけ!』
明華はわざとランから視線を外してつぶやく。
『黒太子、カヌーバ様!アタシにグリンと言う小熊とその眷属の討伐の命令をくれ!』
「あいつ本当にぶっきらぼうなしゃべり方しかできないんだな」
そう言いながら嵯峨はポケットからスルメの足を一本取り出し口にくわえる。
「あの、隊長。それはなんですか?」
思わず誠はくちゃくちゃとスルメの足を噛んでいる嵯峨に声をかけた。
「ああ、これか。茜がね、タバコは一日一箱って言ってきたもんだから……まあ交換条件だ」
そのままくちゃくちゃとスルメを噛み続ける嵯峨。誠はその視線の先、ドアのところの窓から中を覗いている和服を着た女性を見つけて嵯峨の肩を叩く。
「隊長、女将さんですよ」
誠の声にすぐに振り向く嵯峨。そこには保安隊のたまり場、『あまさき屋』の女将の家村春子が立っていた。嵯峨はそれを見ると緩んだネクタイを締めなおし、髪を手で整える。その姿があまりにこっけいに見えて笑いそうになる誠だが、隣に嵯峨の次女の楓が居ることに気がついて彼女に視線を移す。
楓、渡辺、アンは画面の中で保安隊のビック2、技術部部長で大佐の階級の明華と保安隊副長の肩書きのランが罵り合う様に目を取られて嵯峨の行動には気づいていなかった。
「本当に私が来ても良かったのかしら……」
そう言いながら小夏の母である家村春子は手にした重箱をフェデロの席に置いた。
「ああ、春子さんならいつでも歓迎ですよ。それは?」
嵯峨の前に置かれた重箱を包んでいた風呂敷を開いていく春子。その藍染の留袖を動かす姿は誠には母親のそれを思い出させた。
「おはぎですわ。ちょっと整備の人とかの分には足りないかもしれないけど」
「ああ、大歓迎ですよ。やっぱり春子さんもアイシャの奴に呼ばれたんですか?」
そう言うとそのまま嵯峨はおはぎに手を伸ばす。春子が蓋を開くと漉し餡と粒餡の二色に分けられたおはぎが顔をのぞかせた。嵯峨は迷うことなく粒餡のを掴むとスルメを噛んでいる口の中に放り込んだ。
「ええ、でもなんだか学生時代みたいでわくわくしますわね」
笑顔を浮かべながらおはぎを食べ始める嵯峨を見やる春子。部隊のたまり場である『あまさき屋』では見られない浮かれたような春子に誠は少し心が動いた。
「ああ、皆さんもどうぞ。アイシャさんのところにはもうもって行きましたから遠慮なさらずに」
そんな春子の言葉にそれまで画面に張り付いていた楓と渡辺が重箱に目を向けた。
「おはぎですか。実は僕は好物なんですよ。遠慮なくいただきます、かなめもどうだ?」
「わかりましたわ、楓様」
おはぎに手を伸ばす楓。渡辺もまた、主君の楓に付き合うようにしておはぎに手を伸ばす。
「神前君もそこの新人君もどう?」
笑いかける春子に誠は頭を掻きながら重箱の中を覗く。どれもたっぷりの餡をまとった見事なおはぎで自然と誠の手はおはぎに伸びる。
「そうだ、お茶があると良いな」
二つ目のおはぎに手を伸ばそうとして不意に手を止めた嵯峨。
「そうね、神前君。給湯室ってどこかしら?」
春子は軽く袖をまくるといつもの包み込むようなやわらかい視線で誠を見つめた。