突然魔法少女? 83
カプセルから上体を持ち上げた誠。そしてそのままアイシャに泣きそうな顔を向ける。
「ああ、そういえば誠ちゃんは遼南レンジャーの資格は持ってないわよね。まあレンジャー資格試験の時にはあれを食べるのは通過儀礼みたいなものだから……でも結構おいしいのよ」
そう言ってアイシャは自慢の紺色の長い髪を掻き分ける。そのまま誠は仕方がないというように立ち上がろうとした。そしてすぐに先ほどのうごめく芋虫を頬張る嵯峨達を思い出して口を押さえた。
「ああ、誠ちゃんも見たいんじゃないの?そのバイザーで吉田さんのカメラと同じ視線でストーリーが見えるはずよ」
気が進まないものの誠は嬉しそうでありながら押し付けがましいアイシャの言葉にしぶしぶバイザーを顔につける。
そこには食事を取るカウラ達が映し出されていた。カウラも平然と食卓に並ぶ芋虫を食べている。
『マジ?あれ本当に旨いの?』
そのおいしそうに芋虫を頬張る姿に背筋が寒くなる誠。
「じゃあ行って来るね!」
普段の食事の時と変わらず一番多い量を真っ先に食べ終えたシャムが椅子にかけてあった赤いランドセルを背負って走り出す。
そのまま誠はカメラを移動させてシャムを映す画面を見続けた。
『私の名は南條シャム。遼東学園初等部5年生。どこにでもいる普通の小学生だったんだ』
シャムの声で流れるモノローグ。いつもの実業団野球でも屈指の走塁で知られる陸上選手のようなスマートな走り方ではなく、あきらかにアニメヒロインのような乙女チックな走り方をするシャム。誠は笑いをこらえながら走っているシャムを映し出す画面を見つめていた。
「おはよう!」
バス停のようなところでシャムを待つ小学生達。見たことが無い顔なのでおそらくは吉田の作った設定なのだろう。そこで誠は周りの景色を確認した。どう見ても豊川市の郊外のような風景。住宅と田んぼが交じり合う風景は見慣れたものでその細かな背景へのこだわりに吉田のやる気を強く感じる。
『はい、カット!』
アイシャの声で画面が消える。バイザーを外す誠の前で起き上がるシャム達。
「誠ちゃん、なんで食べないの?あれおいしいんだよ!」
開口一番そう言って拗ねるシャム。だが、誠はただ愛想笑いを浮かべるだけだった。
「神前の兄貴は食わず嫌いなんすよ。まあ母さんもそうだけど見た目で食べ物を判断すると損ですよねー」
そう言って芋虫を食べるポーズをする小夏。その手つきに先ほどの芋虫の姿を重ねて誠は胃の中がぐるぐると混ぜられるような感覚がして口に手を回した。
「あのさあ、俺もう良いかな?」
「ああ、お疲れ様です。しばらく出番はなさそうですから」
アイシャにそう言われて嵯峨はカプセルから立ち上がる。
「レンジャー資格は取っといた方が後々楽だぞ」
嵯峨はそのまま誠の肩を叩くと部屋を出て行った。
「しばらくはシャムちゃんだけのシーンなんだけど……」
「僕はちょっと……気分を変えたいんで」
誠は自分の顔が青ざめていることを自覚しながらアイシャに声をかける。
「そんなに嫌な顔しないでよ。良いわ。これからランちゃんのシーンを取るから呼んできてよ」
「おい、上官にちゃん付けは無いんじゃないの?」
吉田はずっとバイザーをつけたまま首の辺りに何本ものコードをつないだ状態で口だけがにやけたように笑っている。
「はい、それじゃあ呼んで来ます」
誠はそう言ってよろよろとカプセルだらけの部屋を出た。