突然魔法少女? 81
実働部隊の『詰め所』と呼ばれる事務作業の机に誠が倒れ伏したのは別に日課の3キロマラソンに疲れたからではなかった。
実働部隊と警備部の隊員には特に任務が無い限り毎日3キロのランニングが課せられている。元々大学時代に野球部のエースだった誠からすれば軽いランニング程度のものだったが、今日のそれは明らかにつらすぎた。昨日アイシャと要と話し合ってどうなったのか分からないが、カウラがニコニコしながら誠の隣を走る。サイボーグであるためランニングに参加しない要は走り終えた誠にスポーツ飲料の缶を差し出してきた。
「誠ちゃん!」
そして突っ伏せる誠に笑顔のアイシャがいつの間にか背中に立っていて、彼の頭を軽く叩く。
「なんですか?ベルガー少佐まで……」
めんどくさそうに頭を上げる誠だが、一瞬でアイシャの表情が変わったのを見てびっくりして立ち上がる。
「何よその顔。まあ良いわ。ちょっと来てくれない?」
そう言って誠は連れ出された。廊下を進み、いつもは倉庫になっている部屋をノックするアイシャ。
「神前が来たのか?」
中からの声の主は意外にも嵯峨だった。そのままアイシャはドアを開けて中に入る。カプセルのようなものが並んでいる倉庫扱いだったこの部屋。その中の一つから顔を出している嵯峨。その頭にはヘルメットのようなものをかぶっていた。
「隊長も覚悟決めてくださいよ。一応この話は隊長が去年……」
「分かったよ、やれば良いんだろ?」
そう言って嵯峨がカプセルに横たわる。
誠が目を凝らすと他にもシャムといつの間にか先回りしていたカウラ、そしてなぜか小夏やリアナまでカプセルの中で顔に奇妙なマスクのようなものをつけて横になっている。
「なんです?これ」
呆れたように誠が自分向けと思われるカプセルを指差す。
「撮影よ!セットなんて作る予算も無いからバーチャルで全部やろうと言うわけ」
そう言って誠にそのカプセルに横たわることを強制しようとするアイシャ。昨日要に聞かされた撮影方法を思い出して納得するがいま一つぴんとこない。
「まあ、いいですよ。変な効果は無いんでしょうね」
「おい、神前。俺の技術に文句をつける気か?」
そう言うのは奥に座っている吉田。さすがに誠は陰湿な嫌がらせが得意な彼に逆らうことは無駄だと悟ってシャム達の様子を観察する。アイマスクのようなものをつける彼女達の口元が笑っているように見えたので誠は覚悟を決めるとアイシャが指し示すカプセルに寝転んだ。
「はいこれ」
そう言ってアイシャがヘルメットを差し出す。いつもより明らかに疲れているようで、笑顔がどこと無くぎこちない。
「分かりましたよ」
誠はそのまま体をカプセルの中で安定させるとヘルメットをかぶった。それに付属した視界を確保するためのバイザーをおろすとそこはどこかで見たような部屋だった。
『これ僕の部屋じゃないか!』
確かにこれは実家の誠の部屋だった。夏にコミケの前線基地としてアイシャ達を呼んだ時にアイシャが撮った部屋の内装なのは間違いなかった。きっちり本棚には誠が作った美少女キャラのフィギュアが並んでいる。
「始動するわよ!」
アイシャの声が響くとカプセルのふたが閉まる。そして誠の意識はバイザー越しの見慣れた部屋に吸い込まれていった。