突然魔法少女? 30
カオスに犯された実働部隊の詰め所から、秩序の支配する管理部の部屋へと移って誠は大きくため息をついた。
「ああ、神前か。隣は相変わらず見たいだな」
そう言って笑うのは管理部部長アブドゥール・シャー・シン大尉だった。目の前の書類に次々とサインをしていく彼の前には、明らかに敵意を持って誠を見つめる菰田邦弘主計曹長が立っていた。
誠はこの菰田と言う先輩が苦手だった。第二小隊隊長カウラ・ベルガー大尉には、菰田達信者曰くすばらしい萌え属性があった。
胸が無い。ペッタン娘。洗濯板。
要はほぼ一日にこの三つの言葉をカウラに浴びせかけるのを日常としていた。だが、そんなカウラに萌える貧乳属性の男性部隊員を纏め上げた宗教を拓いた開祖がいた。
それが菰田邦弘曹長である。彼と彼の宗教『ヒンヌー教』の信者達はひそかに隠し撮りしたカウラの着替え写真や、夏服の明らかにふくらみの不足したワイシャツ姿などの写真を交流すると言うほとんど犯罪な行動さえ厭わない勇者の集う集団で、誠から見て明らかに危ない存在だった。
しかも、現在カウラは誠の護衛と言う名目で誠の住む下士官寮に暮らしている。誠がその特殊な能力ゆえに誘拐されかかる事件が二回もあったことに彼女が責任を感じたことが原因だが、菰田はその副寮長を勤める立場にあった。誠の日常はこの変態先輩の監視下に置かれていた。
「なんだ、神前か。またくだらない……」
誠を嘲笑するような調子で言葉を切り出そうとした菰田の頬にアイシャの平手打ちが飛んだ。
誠の護衛は一人ではなく、アイシャと要も同じく下士官寮の住人となっていた。菰田達の求道という名の変態行為への制裁はいつものことなのでシンも誠も、管理部の女性隊員も別に気にすることも無くそれぞれの仕事に専念していた。そのような変態的なフェチズムをカミングアウトしている菰田達が女性隊員から忌み嫌われているのは当然と言えた。
いくらアイシャは女性の保安隊の隊員ではもっとも萌えに造詣の深いオタクとはいえ、目の前にそんな変態がいることを看過するわけも無かった。しかも菰田は自分のペットと認識している誠に敵意を持っている。戦闘用の人造兵士の本能がそんな敵に容赦するべきでないと告げているようにアイシャの攻撃は情けを知らないものと化していく。
「あんた、いい加減誠ちゃんいじめるのやめなさいよ。それと……」
そう言うとアイシャは口を菰田の耳に近づけて何かを囁いた。菰田はその声に驚いたような表情をすると今度はアイシャに何か手で合図をする。それにアイシャが首を振ると今度は手を合わせて拝み始めた。
「おい、その紙を配りに来たんだろ?人数分俺が預かるから隣の騒ぎを止めてきてくれよ」
アイシャと菰田の果てしない交渉にあきれ果てたようにシンが誠に手を伸ばす。誠は用紙をシンに渡すと部屋を見回した。
「そう言えばスミスさん達はもう出たんですか?」
保安隊の実働部隊。アサルト・モジュールと言う名のロボット兵器での戦闘を主任務とする部隊は第四小隊まで存在した。
第一小隊はちっこい姐御ことクバルカ・ラン中佐と壊れた電卓と陰口を叩かれている吉田俊平少佐、そしてちっこくて馬鹿な農業コスプレ少女ことナンバルゲニア・シャムラード中尉で構成されている。
誠が所属する第二小隊は小隊長がカウラ、そして要と誠が小隊員だった。
第三小隊は要に虐げられることを願って止まない嵯峨楓少佐が隊長を勤め、その愛人と呼ばれる渡辺かなめ大尉と以前女性隊員がアイシャの扇動で行った美少年コンテスト一位に輝いたアン・ナン・パク軍曹がいた。
そしてもう一つの小隊。隊内では『外様小隊』と呼ばれるロナルド・J・スミス特務大尉の部隊があった。彼らは現役のアメリカ海軍の軍人であり、『技術支援』の名目で隊に所属しているが、支援とは名ばかりであり、事実上小規模アサルト・モジュール部隊による強襲作戦を得意とする保安隊隊長嵯峨惟基特務大佐の戦術の吸収がその主任務だった。
そんな彼らは今はアメリカ本国に帰還しており、隊員のスケジュール管理も引き受けているシンが彼らからの定時報告の窓口になっていた。
「ああ、このままクリスマス休暇明けまで戻ってこないって話だぞ。まあおかげでお前等は正月ゆっくり休めるわけだろうけどな」
シンはそう言って笑う。敬虔なイスラム教徒で『保安隊の良心』と呼ばれる彼が今年度でこの保安隊を去ることを思い出して誠は複雑な思いで敬礼した。
「まあしばらく俺もまとめておきたい資料とかあるから4月半ばまでは東和にいるんだ。その間にいろいろ神前曹長には教えておきたいこともあるしな」
法術と言う新たな人類の可能性が公にされた今の世界で、その一つ炎熱系空間干渉のスペシャリストであるシンの言葉に誠は心強く思った。
「ああ、それじゃあ隣の騒動止めに行かないといけないんで!」
菰田との交渉が成立したアイシャは立ち上がると誠の手を引いて管理部の部屋を出た。