突然魔法少女? 29
「神前!……来い!」
ランの怒鳴り声にカウラも責任を感じたように誠を呼びつける。誠も走り出す彼女にしたがって実働部隊の詰め所に飛び込んだ。そして目の前にある黒い塊を仁王立ちしている小さなランが睨みつけている様が二人の目に飛び込んできた。
「オメー等!馬鹿だろ!ここは幼稚園でも遊園地でもねーんだってのがわかんねーのか?」
グレゴリウス13世の首輪をマウントポジションで締め上げている要、それを振りほどこうと要の背中にしがみついているシャム。元々睨んでいるような目が特徴のランが明らかに怒気を放つ気配を撒き散らしながら怒鳴りつける。
「なんじゃ?ワレ等もおったんかい」
その様子を眺めているだけの、明石清海中佐が大判焼きを頬張っている。彼はまもなく保安隊の上部組織である遼州同盟司法局の本局に転属になる予定になっていた。
「クバルカ中佐。こいつ等に学習能力が無いのはわかってることじゃないですか?」
そう言いながらこれも保安隊のあるこの豊川八幡宮前のちょっと知られた大判焼きの店『松や』の袋を抱えながら言ったのは吉田だった。
「要お姉さま!やめた方が良いですよ」
そう言いながらこちらも大判焼きを頬張っている中性的な面持ちの上級士官は第三小隊小隊長であり、保安隊隊長嵯峨惟基の娘で茜の双子の妹である嵯峨楓少佐。あまりのランの剣幕に口をつぐんで楓の袖を引いているのは楓の部下の渡辺かなめ大尉だった。
「あーあ。何やってんだかねえ」
のんびりと歩いてきたアイシャがこの惨状を見てつぶやいた。
「モノが壊れてないだけましじゃないですか?こいつ等の起こすことでいちいち目くじら立ててたら身が持ちませんよ」
他人事のようにそう言った吉田につかつかと歩み寄るラン。誠はどう見ても小柄というよりも幼く見えるランの怒った姿に萌えていた。
「おー、言うじゃねーか!だいたいだな、オメーがこいつを甘やかしているからこんなことになるんだろ?違うか?おい」
椅子に座っている吉田はそれほど身長は高くは無いが、それでも1メートル20センチ強と言う小柄なランである。どうしてもその姿は見上げるような格好になった。
「俺は甘やかしてるつもりは無いですがね。それに俺はシャムの保護者じゃないし。それを言うなら相手はタコでしょ?一応現在の上司と言うことで」
そう言うと吉田は明石の方を指差した。
「ワシ?」
そう言って磨き上げられた坊主頭を叩く明石。だが、さすがに前任の副長である明石を怒鳴りつけるわけには行かないと言うように大きく深呼吸をして気を静めるラン。
「あ!僕の大判焼きが!」
突然の叫び声に一同はギリギリとグレゴリウス13世の首を締め上げている要の向こうの小柄な少年兵に目をやった。保安隊の十代の隊員の二人目、アン・ナン・パク軍曹だった。そしてそこにはいつの間にか要とグレゴリウス13世とのレスリングから抜け出していたシャムがムシャムシャと大判焼きを食べている。
「お……お……オメー……!」
下を向いて怒りを抑えているラン。その姿を見て後ずさる誠の袖を引くものがいた。
「今のうちに隣の管理部に配ってきちゃいましょうよ」
こう言う馬鹿騒ぎに慣れているアイシャの手には嵯峨の作ったアンケート用紙が握られていた。
「じゃあ後できますね」
「おう、その方がええじゃろ」
二人に手を振る明石を置いて、誠とアイシャは廊下に出てすばやく隣の管理部の扉を開けた。