突然魔法少女? 27
「相変わらず愛想のねえオヤジだな」
要はそう言うと何度かドアを蹴る真似をする。
「たぶん次のレースの締め切りが近いんじゃないのか?」
そんなことを口にしたカウラをアイシャと要が驚愕の目で見つめる。無趣味で知られて仕事以外の知識は無い。そう言う風に彼女を見ていた道楽組みのアイシャと要。その驚いた顔が面白くて誠は微笑みながら言葉を継いだ。
「そう言えばこの前二人で日野競馬場に行ったんですよね」
誠がカウラに向けてはなったこの言葉が、要の手を操るようにして誠にチョークスリーパーをかけさせた。
「おい、先週の話か?先週だな?」
「止めなさいよ!」
頚動脈の締め付けられる感覚で気を失いかけていた誠をアイシャが要から引き離した。
「それで、二人で何をしていたわけ?」
膝をついて呼吸を整えようとする誠に顔を近づけて詰問するアイシャ。
「カウラさんが競馬を見たいと言うから行っただけの話ですよ」
息を切らしながら答える誠。カウラも大きく頷いている。
「シャムが乗馬が楽しいと言うからな。それに節分の時代行列でまた馬が乗れるお前達に大きな顔をされたくないからな」
そう言うカウラだが、アイシャと要は信用するそぶりも無く頭を横に振る。
「日野って行ったらホテル街で有名だよなあ。その後テメエが『ラブホテルの中が見たい』とか言い出したりしてるんじゃねえのか?」
そう言って特徴のあるタレ目でカウラを見つめる要だが、カウラは要の言いたいことがわからないというように首をひねっていた。
「まあいいわよ。それよりあれはなあに?」
アイシャはそう言うとまっすぐハンガーへと続く長い廊下の途中にある巨大な茶色い塊を指差した。
「アイシャ。現実を認めろ。あれはグレゴリウス13世だ」
要がアイシャの肩に手を置いて慰める。グレゴリウス13世と言うすさまじい名前を持つコンロンオオヒグマの子供がこの保安隊に住み着くようになってからもう二ヶ月が経っていた。
シャムの遼南内戦の時の相棒であるコンロンオオヒグマの熊太郎と言う雌熊は、遼南人民軍のマスコットとして人民英雄章を受けた名熊である。その息子。グレゴリウス13世は、シャムが自然に帰った熊太郎から未熟で野生では生きていけないという熊太郎の判断で預けられた小熊だった。小熊と言ってもコンロンオオヒグマは地球の熊の比ではなく大きいもので10メートルを超えるものもいると言う熊である。グレゴリウス13世もまた、生まれて2歳くらいと言う話だがすでに体長は3メートルを軽く超えていた。
「でも誰だよ。あれにグレゴリウス13世なんていかつい名前をつけたのは……」
そう言って笑う要の頭が軽く小突かれた。
「んだよ!」
「何?俺のネーミングセンスに文句があるの?」
要が振り向いたところにいたのは嵯峨だった。グレゴリウス13世の母の熊太郎と言うネーミングも、オスかメスかを確かめないで嵯峨がつけたのは有名な話だった。
「いや、叔父貴見てると茜や楓が普通の名前でよかったなあと思うけど……エリーゼさんがつけたのか?」
「ああ、そうだ……俺のセンスについちゃあ自信がないから何とでも言えよ」
死んだ妻の名前を告げられて口をへの字に曲げた嵯峨はそう言うとそのまま隊長室に消えていく。そのドアの音を聞いてグレゴリウス13世とその継母であるシャムが誠達の存在に気がついたと言うように駆け足で近づいてきた。