突然魔法少女? 156
「そう言うわけ。昨日は要ちゃんは体の……」
誠に一言つぶやくとそのまま廊下を駆けていくアイシャ。当然のようにそれを追う要。
「まるで子供だな」
一言で斬って捨てるカウラに乾いた笑いを浮かべる誠。要とアイシャがどたばたと走るのはいつものことなので隊員達は一人も気にはしていなかった。
だが、そこに珍しい姿の客が訪れて食堂は騒然とした。
シャムである。これはよくあることだった。まだ時間的には出勤まで時間がある彼女が食堂につまみ食いをしに来たことは何度かある。珍しくコスプレをしていない。基本は猫耳だがかふかふかした灰色の生地のロングコートを着ているところから見て合わないと判断したのだろう。
だが、決定的に違うのはその表情が今にも泣きそうなものだったことだった。
「アイシャちゃんいる?」
食堂の入り口で太りすぎた体を丸めて専用のどんぶりで茶漬けを啜っているヨハンにかけた言葉も心配になるほど細く元気の無いものだった。
「ああ、そこらへん走っているんじゃないですか?それよりどうしたんです?」
子供が怒られてしょげているように見えるシャムにヨハンは思わず心配そうな声を上げた。
「……うう」
その言葉にシャムの瞳に涙が写る。それを見て一緒についてきたらしい吉田がシャムの肩に手を置く。
「な、一緒に謝ってやるから……おう、神前!ちょっと顔貸せ」
沢庵を頬張っていた誠を招きよせる吉田。そのまま耳を貸せというポーズをしてみせる。そして近寄った誠にそのまま体をかがめる。
「冬コミ、こいつのせいで辞退だ」
吉田を見つめる。いつものふざけた調子ではなくシャムの保護者のような顔をしている。出展関係の事務はくじ引きでシャムが担当することになっていた。吉田が常にバックアップしてくれるということでアイシャも誠も心配してはいなかった。
目の前のシャムは吉田からの言葉で呆然としている誠に黙って涙目で頭を下げる。
「それは……僕は良いんですけどアイシャさんが……」
そう言ったところに要に首根っこをつかまれて引きずられてくるアイシャ。
「おう、吉田とシャムが何しに来た?」
要の言葉に立ちすくむシャム。ようやく要の手を振りほどくことに成功したアイシャが襟を正しながらシャムを見下ろす。
「ごめんなさい!」
「ああ、冬コミのことでしょ?」
アイシャの言った言葉にシャムが目を丸くする。
「どうして知ってるの?」
「だって運営に知り合いがいるもの。『本当に辞退するんですか?』て連絡が昨日あったのよ。まあ辞退はしない方向になったけど場所的に微妙なところしか残ってなかったから」
その言葉に急に笑顔を取り戻すシャム。彼女はロングコートのポケットから折りたたみ式猫耳を取り出して頭につける。
「すっごい!アイシャちゃん!」
急に明るい表情になるシャム。
「ああ、でもミスはミスだから準備からすべてよろしくね。私は今年は誠ちゃんの所で年越しをするから」
そう言って良い笑顔を浮かべるとアイシャは食堂に入った。ドアのそばには凍りつくシャムと引きつった笑いの吉田の姿が残された。