突然魔法少女? 126
目の前に以前、誠も見た実家の台所と寸分たがわぬ部屋のテーブルに座らせられていた。思わず吐き気を催したのは以前ここに乗っていたカブトムシの幼虫を思い出したからだった。
「……そうか。これが……」
嵯峨はさすがの切り替えで花瓶に刺された一枝の薔薇の花を見つめている。
「そうです。春子さんはカウラさんのことを思って洗脳に打ち勝って我々を救ってくれたんです」
誠はそう言うとテーブルに着く人々を見つめた。カウラは泣きつかれたように呆然とした顔で座っていた。シャムと小夏は黙って嵯峨の父親の南條新三郎を見つめていた。
「春子さん……」
嵯峨の後妻南條リアナ役のリアナはハンカチで目元をぬぐっていた。
「生き物はすべて死ぬものだ。嘆くなんざナンセンスだな」
「貴様!」
廊下に出る戸口に寄りかかって立っていたキャプテン・シルバーの世を忍ぶ仮の姿、探偵西川要子役の要がハードボイルドを気取って吐き捨てたのに地に戻ったカウラが怒鳴りつけた。
「それよりマジックプリンス。本題に入ったらどうだ?」
カウラの目つきをいつものように無視して誠と明石にそう言った。
「娘さんたちの協力がなければ同じ悲劇がまた繰り返されます。幸い小夏さんとシャムさんはどちらも魔法の素質があります!協力を……お願いしたいんです!」
そう言って下座の明石が頭を下げている。無茶な設定に苦笑いを浮かべる誠だが、突然思うところがあった。
『あれ、明石中佐は来てなかったよな?』
そう思う誠だったが台本どおりちゃんと嵯峨に目を向けた。
「やだ!」
「そうですか!ありがとうございます!」
明石が別の撮影だったことがすぐに分かる展開。そしてにんまりと笑う嵯峨に誠は呆れていた。
『隊長!』
そこでシーンが止まりアイシャの叫び声が響く。
「え?何?」
明らかに狙っていましたと言う表情の嵯峨に冷たい視線を送る別撮りの明石以外の面々。
「俺だって人の親やってるんだぜ。こんな禿の怪しい親父やいかがわしい探偵もどきや居候の自称娘の恋人の言うことなんて聞けるわけねえじゃん」
そう言ってふんぞり返る嵯峨。
『あの、これ物語ですから』
慌ててそう言うアイシャだが、完全に面白がっている嵯峨にはまるで無意味な言葉だった。
「やっぱり時にはシュールな展開も良いんじゃないの?こういうあからさまに食い違っている台詞って結構新鮮だろ?」
『別にポストモダンとか目指してるわけじゃないんですが……おい、アイシャ。いっそのことここから脱構造の新機軸映画にするってのはどうだ?』
吉田の一言だが、アイシャがそれに同意しないことは誠にも分かった。
『もう一度。お願いします』
はっきりとした言葉でアイシャが言った。
「だってこっちの方が面白そう……」
『もう一度。お願いします!』
今度は怒気を含んだ声でアイシャがそう言った。
「冗談の分からねえ奴だな」
そうつぶやくと大きく深呼吸をする嵯峨。
『ああ、今のところ編集と合成でどうにかしますから続きで大丈夫ですよ』
吉田の明らかに事務的な言葉を聞いて、誠は止まったままの姿の明石の顔を見つめて満面の笑みを浮かべた。