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くれないの影  作者: しのぶもじずり
第一章 次嶺経(つぎねふ)は山また山
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「昨夜は当家の者が迷惑をかけた。

お屋形様がお呼びだ。一緒に来てもらおう」


どうなるのだろう。責められるのだろうか。

でも、迷惑をかけたということは、怒っていないのだろうか。

何にしても行きたくない。

怖い。

鹿の子は必死に首を横に振った。


「とにかく来い」

「親方に許しを得ないと、勝手に行けません」

「我らから話しておく。軽業師風情ふぜいが 断れぬ」

唐突に朽葉色の被衣(かづき)を頭からかぶせられ、強引に腕をつかんで連れ出された。


日は山の端にすっかり沈んで、赤かった空がすみれ色に変わっていた。

逢魔おうまが時。

人々が急いで屋根の下に帰る頃合だ。

高台の屋敷に着くまで、ひなびた町の通りには、もう人影は無かった。



       *      *      *



「気味が悪い」

御簾(みす)の中からの第一声がそれだった。


低い声だったが、若い女の声だ。

御簾の内は暗く、普通よりも目の詰まった(すだれ)は、中にいる人物のおぼろげな輪郭しか通さない。


屋敷の奥まった部屋に無理やり連れて行かれ、勝手にかぶせられた被衣を今度は勝手に剥ぎ取られ、怖気づいて伏せた顔を居丈高いたけだかに上げさせられての一声が、それだった。


鹿の子は、むっとした。

ひどい。ひどすぎると思ったが、声に出す勇気は無い。


御簾の中にいる人物は、ほとんど見えない。

目の前に座り、鋭い目で見据える女も怖い。

地味な色目の衣装を着ているが、年のころは三十を少し過ぎたあたり。

人を値踏みするような権高(けんだか)な態度は、鹿の子たちとは違う世界の住人だ。

落ち着かないことはなはだしい。


「娘、年はいくつだ」

その女が言った。


「えーと、十五か十六……か……十七……」

「少し化粧をすれば、お屋形様と同じ十八に見えましょう。

それよりも、おまえは孤児(みなしご)か。

自分の年もはっきりしないとは、間抜けな話だが、孤児ならば都合が良い」


この人たちの都合でなったわけじゃない。

何を言っているのか分からない。

鹿の子は、早く一座に帰りたかった。

どうにかして早く帰ろうと思ったので、勇気を振り絞って声に出した。

「助けられませんでした。力不足で ごめんなさい」


土岐野(ときの)、何のことだ」

千種(ちぐさ)のことでございましょう。その場に居合わせたとか」

御簾からの声に、目の前の土岐野という女が答えた。

谷に落ちた女は千種というらしい。


「そのようなことはどうでもよい。確かに使えそうだ。

まずは、見苦しい身なりをなんとかいたせ。目障めざわりだ」


呼びつけておいて目障りだとは恐れ入った。

だが、それよりも

人が一人死んだというのに、どうでもよいというのが頭にきた。

同じ人間とは思えない。いや、同じ人間などではないのだろう。

もはや一刻もその場に居たくはなかった。

「目障りなようですから帰ります」


五葉(いつは)

鹿の子の言い分をきれいに無視して、土岐野が部屋の外に声をかけた。


二十歳前後の体格の良い侍女が入って、頭を下げる。

「この娘を湯殿ゆどので洗いたてよ。千種の代わりじゃ」

「あのう……帰ります」

何をするのか見当もつかないが、鹿の子は、誰かの代わりになるなんて真っ平だった。


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