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くれないの影  作者: しのぶもじずり
第一章 次嶺経(つぎねふ)は山また山
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鹿の子が舞台裏の通用口に戻ると、囃子方(はやしかた)権佐(ごんざ)が居た。

太っているせいで、万事動きが鈍いが、耳聡みみざとい。

音に気づいて様子を見に出たのだろう。


「何があったんだい」

「うん」 と生返事を返して通り過ぎる鹿の子を、あきれたように目で追い、戸締りを確かめると、首をかしげて呟いた。

「……狐にでも化かされたのか」


ぼんやりと筵に座り込んだ鹿の子を見て、都茱が藤伍を呼んだ。

「鹿の子、何があった。悲鳴が聞こえたようだが、怪我けがは無いか」

「怪我? ……ああ、あたしは大丈夫」


「怪我は無くとも、大丈夫には見えないねえ。

何があったのか話してごらん」

藤伍と都茱が、かわるがわる問いかける。

「うん」

鹿の子は、ぽつりぽつりと話し出した。


他には言うなといわれたが、この二人は別だ。

親と同じなのだから他人ではない。

順を追って話したが、何がいけなかったのか、どうすれば良かったのか、さっぱり分からなかった。


「可哀想にね。だけどね、鹿の子にはどうにも出来なかったろうさ。

身内らしき人たちにもどうにも出来なかったんだろ。

ひよっこの軽業師なんかにゃあ手に余る。

気に病むんじゃないよ」

都茱が言った。


「狐にでもとりかれたのかねえ」

藤伍と都茱の後ろから、権佐がとぼけた口調で口をはさむ。


「いや、違うな。『心の病』って言ったんだろう。

その人たちには、そうなった心当たりが あるんだろうよ。

鹿の子のせいじゃない。寝ろ」

藤伍が きっぱりと締めくくった。




翌日、藤伍と都茱と大男のガジは、舞台に仕掛けを作るといって残り、後の五人で、客寄せのために町を練り歩いた。

田畑はきれいに手入れされているが、家々は田舎じみて粗末そまつに見える。

どれも同じような造りだから、粗末というより、このあたりではそれが普通なのだろう。


そんな村の中を、権佐が太鼓たいこを打ちながら興行を知らせて回った。

鹿の子と隼人が時折とんぼを切って見せる。

人々の反応が良いのか悪いのか今ひとつ 分かりにくいが、一行が通りかかればみな手を止めて振り返るところを見ると、興味は持ったようだ。


日暮になって戻った時には、あたりが夕陽に赤く染まって、舞台裏の(まば)らな雑木林が、昨夜の月明かりで見た風景とはまるで違って見える。


鹿の子は、夢でも見ていたのかと不思議な気持ちになった。

本当にあの人は落ちてしまったのだろうか。

いまさらながら気になってくる。

気がつけば、ふらふらと谷に向かって歩いていた。

草木が途切れる。

その先が切り立った谷になっているのだろう。


枝が揺れた。

驚いて振り向くと 男がいた。

一人ではない。

いつの間にか、数人に取り囲まれた。


「鹿の子…… とか申したな」

念を押されて、小さくうなずいた。


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