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くれないの影  作者: しのぶもじずり
第一章 次嶺経(つぎねふ)は山また山
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「どうしたんですか。人を呼びますから、しっかりして」

だが、女は片手で鹿の子の足元をつかんで、いやいやをするように頭を振り、いっそう(おび)える。


困った鹿の子は、とりあえず抱き起こそうとかがんで女に手を添えた。

地面に手をつき、がくがくとしながらもようやく頭上げて鹿の子に振り向けた顔が、いぶかしげにゆがみ、ついで、おそろしくゆっくりと開いた口から悲鳴が上がった。

抜けたような腰をふらふらさせながら鹿の子を突き飛ばし、両手を振り回して追い払いざまに、こけつまろびつ逃げ出した。


鹿の子は、何が起こったのか分からなくて呆然と立ちすくむ。

助け起こそうとしただけなのに、何が女を怯えさせたのかが分からない。

何かいけないことをしたのだろうか。


女が逃げた先を目で追っているうちに、はっと気がついた。


「いけない。そっちに行ったら駄目だ! 

危ない。止まって。何にもしないから、止まって」


留守番の老人が言っていた。

そっちは谷だ。

落ちたら死んでしまう。

だが、鹿の子の大声が、さらに女を怯えさせた。

ヒーッと悲鳴交じりの叫びを上げて、女はさらに突き進んでいく。

言葉では止められない。

つかまえて引き戻すしかない。

鹿の子は追いかけた。


後ろから走ってきた誰かが鹿の子を追い越そうとしたしたその時、すべり落ちる音とともに絶叫が聞こえ、すとんと遠くに消えていった。


立ちすくんだ鹿の子の横に、男が立ち止った。

女を追いかけてきた様子だ。

「くっ、落ちたか……」


鹿の子に、その男が何者なのかなどと気にする余裕はない。

(なに、あたしのせいなの? どうして、何故?)

冷え込む夜だというのに、いやな汗が噴出した。


松明たいまつを持った男を含めて、さらに数人が駆けつけた。

皆、袖と袴の裾を(くく)った直垂(ひたたれ)姿だ。

その中の一人が軽い舌打ちをし、鹿の子の肩をつかんで振り向かせる。

「おまえは何者だ」

松明に照らされた鹿の子を見た男は、目を見開くと、数歩あとずさった。


「軽業一座の……鹿の子……と……いいます」

問われるままに答えてしまったが、じわりと心配になってきた。

どうしよう。罪を問われるのだろうか。

止めようとしたのに、止められなかった。

分かってもらえるだろうか。


「後は、われわれが始末する。おまえは行け」

鹿の子は、ほっとして力が抜けた。

男は動こうとしない鹿の子を目でうながし、付け加えた。

「このことは他には言うな。

心の病に取り付かれた娘が、乱心して暴れたのだ。

家の恥になる。きっと口をつつしめ。よいな」


鹿の子は小さくうなずいて、のろのろと引き返した。

ちらりと振り向くと、松明を持った男ともう一人が、女が消えた方角に向かって行くのが見えた。


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