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くれないの影  作者: しのぶもじずり
第一章 次嶺経(つぎねふ)は山また山
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「生まれ月が分からんし、あの時はぐったりして、ひどい有様だったからなあ。

たぶん六つか七つか、そこら辺だと思ったが、以前のことは何にも覚えていないみたいでなあ。

はじめのうちは黙りこくったままだったから、口が聞けないのかと思ったほどだ」


「九年前に六つか七つなら、今は十五か十六か。よく育ったものだね。

しっかりして見えるから、もう一つ二つ上かと思ってたよ。

じゃあ、ここで軽業かるわざをするのは二度目なんだね」

食うものも無い育ち方をしていたとか、ひどい虐待ぎゃくたいを受けていたとしたなら、八つだったとしても不思議はない、と藤伍は思い至った。

赤い鹿の子の三尺帯さんじゃくおびを締めていたから、貧乏には見えなかったが、帯以外は裂けて汚れて、捨てるしかなかった。

それで、なんとなく鹿の子と呼ぶようになったのだ。


「いや、軽業は初めてだ」


藤伍は、元々妖術使いのまね事を見世物にしていた。

藤伍は手妻てづまと呼んでいたが、にせ者だから種や仕掛けはちゃんとある。

だが本物と勘違いされて、面倒に巻き込まれることが度々あり、女房の都茱が足芸をよくしたこともあって、軽業師を集めて出し物を変えたのだ。


足芸は、仰向けに寝た格好でたるやら箱やらを足で自在じざいあやつる。

木枠に表裏で色違いの紙を張った(ふすま)のようなものを、縦にしたままくるくると回す芸は、今も一座の人気演目だ。

藤伍は客を喜ばせるやり方を心得ているし、時折、手妻の目くらましをからめた工夫で、結構な人気になっていた。

九年前にもここに来たのは、藤伍夫婦と大男のガジだけだ。

もう一人居たが、今は抜けている。



舞台は郷の西はずれにあった。

天井も高く、大きい上に橋掛かりまである豪勢な造りだった。

大掛かりな歌舞音曲かぶおんぎょくもかけられそうだ。

後ろには、楽屋がいくつか付いていた。

客席は露天で、客を集める時には(むしろ)でも敷くのだろう。きれいに整地されている。


「妖術使いの先生だね」

留守番と掃除人として舞台脇の小屋に住んでいる老人は、藤伍を覚えていた。


「やあ、覚えていてくだすったんですね」

「そりゃそうさ。あんなに面白いものはめったにお目にかかれない。忘れられるもんかね」

「今は軽業かるわざ一座なんだが、また使わせてもらえるだろうか」

「大丈夫だろ。しばらくは何もやってない。

前の領主様が亡くなってからこっち、寂しいもんさ。

ここのところ火が消えたように暇だ。おまえさんなら問題ない。

差配さはいさんには明日あいさつに行けばいいだろう。

宿を取ってないなら、荷物もあることだし、今夜は楽屋に泊まっちゃどうだい。

屋根があるだけで宿屋のようには行かないが、山を越えて来たんだ、疲れてるだろう。

先生なら、かまわんよ」


「ありがたい。野宿も珍しくない稼業かぎょうなんでね。

屋根があるだけで大助かりだ」

最低限の食料とわんは持ち歩いていた。

もの置き場には、真新しいむしろも積んである。

老人の小屋で(かまど)を借りれば不自由はない。

渡りに船とばかりに、荷を楽屋に運び込んだ。


「そうだ、先生はご存知だが、初めて来た人たちは用心しなさいよ。

この先には行かんようにな。しばらく行くと深い谷が口を開けている。

暗くなったら特に危ないから、近寄るんじゃないよ」


老人は舞台の後方を指差した。

そこには、(まば)らに生える貧弱な木立と草が生い茂っているだけだ。

まさに、この郷の(はずれ)にあたる。


「おお、そうだった。昼間見ても、目を回しそうに切り立っている。

鹿の子、隼人、無茶するなよ。分かったな」


隼人は素直に頷いたが、鹿の子はちょっとふくれた。

親方はいつまで子ども扱いをする気だろうと、不満が顔に出る。

紫苑がくすりと笑う。

そういうところが、まだ子どもだと言いたげだ。


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