六
陽映は、それでもにっこりと微笑んだ。
「初めてお会いしたのは、二年半ほど前でしたね。
鷹巣家の内々(うちうち)の祝い事に、父君といらしたあなたを目にしたときは、兄上が羨ましかったものです。
本当に、お可愛らしかった。
兄の許嫁だったあなたを妻にできるとは、あの時は思いもしなかった。
父君のご不幸を喜ぶわけでは到底ございませんが、あなたと縁を結ぶことのできる私は幸せ者です」
先代領主が生きていれば、いや、たとえ死んでも紅王丸が無事に家督を継いでさえいれば、白菊は、鷹巣家の跡継ぎである長子義映に嫁いでいたはずだった。
先代が白菊を鷹巣に連れて行ったのは、やがて嫁いで行くはずの地と家を見せるためだったのだろう。
子煩悩な男だった。
その時の彼は、半年あまりであの世に旅立つことも、わが子の人生が大きく変わってしまうことも、無論知る由も無い。
陽映に縁談が無かったわけではない。
だが『急ぎの事情が無いなら順番を守りたい。
兄義映が妻を迎えた後にしたい』 と断り続けた。
鷹巣家の四人兄弟の中では一番仲がよく、義映を慕っていた陽映だったからこそ、その言い分を周囲も微笑ましいものに思っていた。
しかし、鳥座家の主が亡くなったことで事態は一変した。
女領主として立った白菊が他家に嫁ぐわけにはいかなくなった。
鷹巣に事情を話して義映との婚約を取り消し、代わりに次男の陽映を婿にと申し入れた。
鷹巣家は快く応じた。
義映は、父親に似て謹厳実直を絵に描いたような男にみえたが、その実、父親には無い柔軟なところを持ち合わせており、鷹巣家中を取りまとめて、すんなりと話は通った。
むしろ、使者にたった惣右衛門が拍子抜けしたほどだったという。
「まずは道中のお疲れを癒して、ごゆるりとなされませ。
ご法要を終えましたらいろいろとご相談もございますゆえ、しばしご逗留くださいますよう、お願い申し上げます」
土岐野が言葉を添えれば、陽映は、
「もちろんそのつもりで、所持万端を心得る者を連れて参りました」
凛々しい顔をほころばせる。
土岐野は、複雑な思いでその姿に見入った。
そこいらの二十一歳よりも逞しく、頼りになりそうな立派な若君だ。
それでいて、笑うとのんきな悪戯っ子が顔を出す。
真面目一辺倒の堅物と聞いている長男の義映よりも似合いだと思った。
あの出来事さえ起きなければ、白菊姫が顔に火傷さえ負わなければ、心から喜ぶことができたろうに。
思い起こすと、苦いものでいっぱいになる。
御簾の内からは、ただ沈黙が返ってきた。
それでも陽映は、穏やかに懐かしそうな目を御簾に注いだ。
静かな部屋に一陣の風が吹き寄せ、早咲きの菊花の香りをかすかに運んで流れた。
陽映が口を開こうとする気配を見せたとき、廊下から頼りない足音が近づき、部屋の外でぴたりと止まる。
その音は、図らずも、静まっていた部屋の誰の耳にも届いた。
陽映は開きかけた口をいったん閉じ、改めて張りのある声を響かせる。
「ご法要前のあわただしい時に、長居をするわけにもいきますまい。
いずれ、ゆっくりとお話できる折を待つといたしましょう」
足音のぬしである召使は、自分の登場が粗忽だったことに気づいて、恐縮した。
陽映が退室し、土岐野に睨まれた召使は、波止女から、叔母の堅香子とその娘日鞠姫の到着を知らせた。




