八
十日目に訪れる者があった。
国司の使いだという。
惣右衛門が出て、国司の館に赴く旨を伝えても、それには及ばぬという。
領主に直接頼みを伝えるよう言いつけられてきたと譲らない。
国司に任じられても、役名ばかりで都に留まることの多い中、次嶺経の国司は、受領に自ら赴任してきた変わり者だ。
館は郷の南東に在り、領主屋敷とは離れた場所に位置している。
政の用向きに関しては惣右衛門が出向いてきた。
そのことへの不満でも言いに来たか。
やむなく白菊の部屋に通した。
「これはこれは、介様御自らのお出ましとは 何事でございましょうか。
ただいますぐに、お席をお直しいたします」
迎えた鳥座家は驚いた。
「いや、そのままで けっこう。今回は政のことではございません。
次嶺経守様のごく個人的なお願いに上がりました」
やってきたのは介だった。守の次官に当たる。
国司が都に居座れば、実質的に政務を仕切る立場になるが、次嶺経守自身が受領に赴任している為、文字通り次官の任についている。
御簾の前で鷹揚に話を切り出した。
白菊が領主を継いだ時、挨拶に行って一度会った事があった。
「この地に、帝の弟宮が罪に問われて流されていらっしゃるのは、聞き及んでおりましょう。
次嶺経守様が、宮様をお慰めしようと思い立たれて、北山の散策に誘われましてございます。
しかしながら、山を下りられてから館までは、しばらくございます。
お帰りの前に、この屋敷にて一休みさせて欲しいとのお申し出でございます」
帝の弟宮とは、『煌めきの君』とか『綺羅君』とか呼ばれている人のことだ。
華やかな恋の噂が絶えず、都にあってもひときわ雅な方だと評判である。
帝の后にちょっかいを出したのがばれて、一年ばかり前に流罪になっていた。
お聞き及びどころか、朝廷の意を受けて住まいを用意したのは、ほかならぬ鳥座家だ。
ひなびた田舎ではさぞや退屈しているだろうが、罪人でもある。
次嶺経守も物好きな人だ。
「承りました。日を知らせてください。
それで?」
御簾の中から白菊の声が答える。
それだけの用件なら惣右衛門でこと足りる。
いつものように呼びつければ済む話だ。
わざわざ出向いてきたのには、他に理由があるはずだった。
「姫さんが、お怪我でお出歩きになられぬと聞き及んでおりますので、お加減を伺って来いとの仰せでございます」
「お気を使わせてしまったようで心苦しく思います。大事ございません。
国司様に よろしくお伝えください」
「よろしゅうに伝えたいのは山々なんですが、御簾の内からとは他人行儀な。
可愛らしいお顔を見せてもらえましたら、次嶺経守様にきっちりお伝えしますんですが……、
無事なお姿を拝見できませんでしょうか。
常の姫さんと違うて、領主様なんやし」
だんだんと口調も砕けて、さも、知り合いのおじさんが心配していますよといわんばかりの調子になる。
土岐野が、止めて欲しいと同席している惣右衛門の顔を見た。
だが、惣右衛門は知らん顔を決め込んでいた。
惣右衛門でさえ、半年も顔を見ていない。
さすがに気になっていた。