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くれないの影  作者: しのぶもじずり
第二章 お客様は紅王丸
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白菊姫の日常は動きが少なく、真似るのは難しかった。


鹿の子が通されていた部屋は、謁見の間だったらしく、御簾の後にある私室と謁見の間だけが行動範囲だった。

白菊の部屋はさすがに広く、障子を開ければ洒落た濡れ縁と広々とした庭もあり、目隠しになる土塀がめぐらせてあったが、白菊が庭に出ることはない。


その上、土岐野は多少とも意識して動いていたが、白菊姫は幼い頃から姫として躾けられてきたのだろう。無駄の無い所作ながら自然体で動いている。

思ったよりも難題だった。


御簾越しではあるが、会いに来る人間もほとんど限られている。

常に控えている土岐野は別にして、領内を取り仕切る実務をこなしていた鳥座(とぐら)惣右衛門そうえもんという四十歳ほどの男が 一番良く出入りしていて、報告をし、白菊の指図を受けにやってきた。

名前から分かるように、一族の者だ。


鹿の子を連れてきた男たちの一人、平題箭(いたつき)謙介が呼びつけられて来る他には、郎党らしい者が 一度来たにすぎない。

誰が来ても御簾の中から話を聞き、座って、淡雪(あわゆき)という名の白猫を撫でているだけだ。


自室でも黒漆の机で書き物をするくらいで、飛んだり跳ねたりすることは無い。

鹿の子は、もっと動いてほしいと注文したが、きれいに無視された。

紅王丸のことも何一つ分からないままに、日が過ぎていった。



ある日、何を書いているのか気になって、鹿の子は机の上を覗こうとしたが、

「おまえは、読み書きまでおぼえなくとも良い」

じろりと睨まれた。


白菊は、旅の軽業師に読めるとは思っていなかった。

ただうっとうしくて制止したのだ。

しかし案に相違して、鹿の子はそこそこ読み書きが出来る。


囃子方はやしかた権佐ごんざは、笛でも太鼓でも琵琶でも、およそ音の出るものは何でもこなしたが、読み書きと計算も得意だった。

鹿の子と隼人は、旅の徒然に教えてもらっていたのだ。


他の座員は無筆(むひつ)で、座長の藤伍も全く読み書きが出来なかったが、一度見聞きしたことは何でも覚えていて、一座を率いるのになんら支障は無かった。

書き留めておかないと大事なこともすぐに忘れる権佐より、藤伍のほうが断然頭が良くてかっこいいと思ったが、鹿の子には無理だったから、教えてもらうことにしたのだ。


『おいら頭が悪いから、覚えなくていい』 と逃げる隼人に、

『馬鹿ねえ、頭が悪いから勉強するんじゃないの。

親方みたいに賢かったら、する必要がないのよ』 と巻き込んだ。

おかげでよほど難しくなければ、たいがいのものは読める。

――鹿の子は、白菊にとりいた。


白菊は、まず日付を書いた。

鹿の子は日記かと思い、後ろめたくもあったが期待した。

口には出さずとも、弟の紅王丸のことを書かないだろうかと考えたのだ。

しかし、領内の状況と出した指示を書いてゆくのみ。(まつりごと)の覚書だった。

がっかりすると同時に不思議な違和感が残った。


それまでは動きに注意を払っていたから、心の状態に気がつかなかったのだ。

鹿の子は違和感の正体が気になった。


惣右衛門が来た。

領内で起こった揉め事が報告された。

張本人を捕らえたので罰を下すという。


白菊は、淡雪を膝の上で撫でながら聞いていたが、

「処刑せよ。公の場で首をねよ。見せしめになる」

なんでもない事のように言い放つ。

鹿の子は驚いて、思わずとり憑いてしまった。


白菊の手は、いつもどおりに淡雪を撫でている。

あまりにいつもどおりの動きだった。

発した言葉の残滓ざんしも無い。

白菊姫の心の中には何も無かった。

だが、全てを押しのけ押しつぶす圧倒的に濃密な何かに満ちていた。

周囲の人間たちを畏怖させるものの正体がそれだろう。

おそらくは 闇。


しかし、まだ何かがある。

奥底に押しつぶされてなお、火事場のき火のように燃えるものが、封印を解こうともだえている。

見極めようとしてとどまった鹿の子は、濃密な闇に取り込まれそうになった。

抜けなくては危ない気がする。

が、出口が見えない。


技を使いすぎたのだろうか。

短期間に続けて使ったのは初めてだった。

気をつけなくては……。

必死に出口を探した。


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