六
その沈黙は、長かったのか短かったのか。
研ぎ澄まされた刃のような時の流れがあり、答えが出た。
「よかろう」
「姫様!」
土岐野が悲鳴のような声をあげた。
『お屋形様』ではなくなっている。
「土岐野、御簾を上げよ」
土岐野を無視して暗い声が響いた。
なおも躊躇いを見せていた土岐野が、鹿の子を睨みつけて立ち上がった。
御簾をゆっくりと巻き上げてゆく。
隅に転がった脇息が見え、白菊の姿が徐々に現われた。
鹿の子は言葉を失った。
美しい着物を纏って端然と座る白菊姫の左半分の顔が、赤黒く爛れていた。
袖口から覗く左手も、同じ色をしている。
火傷の跡だ。
それよりも驚いたのは、きれいな右半分の顔が、まさに鹿の子と生き写しで、鏡を見ているようだったことだ。
初めての日に『気味が悪い』と言った白菊姫の言葉が、今になってよく分かる。
あまりに似ていて気味が悪かった。
白菊は唇の端を上げて不気味な笑みをつくると、挑むように鹿の子を見据えた。
「しばらくの間御簾の内に侍って、よく見ているがよい。
そうじゃな、十日やろう。
十日のうちに、見事わらわの影になって見せよ」
土岐野が あわてている。
「と、十日間ですか。毎日でしょうか。三日おきでは……」
「命令じゃ。端に几帳を立てて控えておれば、下座から見えまい。
起きてから寝るまで、存分に見定めるが良い。
土岐野はもうよい。以前の役目に戻れ。影の世話は五葉に任せよ」
土岐野が心配そうに鹿の子を見やったが、黙って平伏した。