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くれないの影  作者: しのぶもじずり
第二章 お客様は紅王丸
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「土岐野様、お願いがあります。じっくりと見せてください。

そのう、立ったり座ったり歩いたりのお手本を」

土岐野が来た時、切り出してみた。


土岐野は、わずかに目を見張る。

鹿の子から進んで申し出をしたのは初めてのことだった。

考えるように一度目を閉じる。


「よかろう」

土岐野は、ひなびた領主屋敷の侍女とは思えぬ優雅さで所作しょさを披露した。

鹿の子の様子が、ぼんやりと頼りないものになる。

「これ! しかと見たか」

一通り所作を繰り返した土岐野は、心ここにあらずという様子の鹿の子に鋭い声を投げかけた。


「…………は、はい、確かに」

鹿の子の顔つきまでがみるみるうちに りんとしたものに変わり、驚く土岐野の前で、寸分違わぬ動きで繰り返して見せた。


「なるほど、そなたには手本を見せるのが良いようだ。

では、今日の食事をこの部屋で共に取れるよう手配しよう。

あとは、細かい日常の所作だな」

「待ってください。さっきの動きが馴染むまで 時をください」

鹿の子は、まだ 半分くらいぼうっとした状態だった。


得意技とはいえ、頻繁ひんぱんに使っていたわけではない。

一度覚えた軽業の技も馴染むまで繰り返し練習して、さらに見栄えが良くなるように工夫してきた。

立て続けに使ったことなど無いから、不安があった。


「そうか。では明日にしよう」

「もう少し……」

「明後日がよいか」

「もう 一声」

「では、三日後に来よう」


鹿の子の不器用に悩んでいた土岐野は、あっさりと承知した。



得意技を駆使して、なんとかしとやかな立ち居振る舞いを身に着けた鹿の子は、土岐野に導かれて 、白菊の部屋に連れて行かれた。


人払いがしてあったのか誰もいない。

土岐野が平伏したので、鹿の子も真似た。


「動いて見せよ」

御簾の内から不機嫌そうな声が聞こえた。

土岐野に促されて、部屋の中を歩く。


と突然、物が投げ捨てられたような乱暴な音がして、御簾の裾から白猫が飛び出し、二人とも思わず身をすくめた。

鹿の子は尻に帆掛けて逃げ出したかったが、かろうじて堪えた。

飛び出してきた白猫は、隠れるように隅に丸くうずくまる。


「どういうつもりだ。土岐野の影を作れと言った覚えはないぞ」

怒りに満ちた声が降ってきた。


土岐野は戸惑っているが、鹿の子は、腹を据えて御簾の前に進んで座った。


土岐野だけが気づいていなかった。

自分が動く姿を見ることは出来ない。

鹿の子の動きは、細かなところまで土岐野そのままだ。

後姿が土岐野に間違われることはあっても、到底白菊には見えないはずだった。

皮肉なことに、土岐野にそっくりであればあるほど、白菊の影としての役割からは遠ざかる。


「お屋形様に申し上げます」

「申せ」

「あたしは、お屋形様の影になればいいんですよね。

でも、一度もお姿を見たことが無いんです。

真似できるのは、目の前の土岐野様だけ。

見たこともない人を真似るのは、無理だと思います」


「わらわを目にすれば、真似られると申すのだな」

土岐野が息を呑む。

自分の失敗に気づいたが、鹿の子の言ったことに困惑していた。


静寂と緊張に空気が固まった。

鹿の子は、ここが正念場だと思った。

屋敷には大勢の人の気配があるが、会ったのは、ほんの数人。

土岐野と五葉の他は、鹿の子を無理やり連れてきた男たちだけだ。

その誰もが、白菊姫を畏怖しているように感じる。

恐ろしいが、影になるなら避けては通れない。


自分でも驚いていた。

何故、こうまでやる気になったのだろう。

紅王丸の面影が 浮かぶ。

あれから何度かこっそりと土蔵に行ってみたが、いつも悲しそうな表情は消えなかった。


『姉上の役に立ちたい』 とあの人は言ったのだ。

その為に、無理と承知で毎日、女になることさえ願っている。

白菊姫が大好きなのだろう。

そっくりになって会いに行ったら、少しは明るい顔を見せてくれるだろうか。


お客を喜ばせるのが、旅芸人の本分。

驚いた笑顔が、何よりの報酬。

美しい顔には、晴れやかな笑顔がきっと似合う。


鹿の子は、きっぱりと返事を返した。

「はい、必ず」


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