四
「あのう、男の方なのに何故袿を?」
「ああ、女人になりたくて。
女人変成を願い、毎日経を読んでいるのだが、なかなか成れずにいる」
鹿の子も聞いたことはあった。
変成とは、徳の高い僧侶が、仏の力で男を女に、女を男に変える術だという。
行われるのは、ほとんどが男子変成だ。しかし…………。
「あれは、母親の腹の中にいるうちに願うのではなかったかしら。生れ落ちてからでは、無理だと思います」
紅王丸は遠い目をして、ふっとため息をつく。
「そうなのであろうな。
だが、他に、姉上をお助けする方法が思いつかぬのだ」
そもそも何故閉じ込められているのか不思議だったが、鹿の子は怖くて訊けなかった。
「そりゃあ、こんなに暗くて狭い所に居ては、良い知恵なんか思いつきません。お体を動かしていますか」
紅王丸は かぶりを振る。
「狭い」
「狭くても出来ることはあります。曲げたり伸ばしたり、逆さまになったり……」
「逆さま?」
鹿の子は袿を脱ぎ捨て、袴のすそを寄せて足の間に挟むと、逆立ちをして見せた。
そのまま背を反らせ、くるりと回って立つ。
ついでに宙返りもした。
「すごい」
紅王丸の瞳が、わずかに光を取り戻したように見えた。
鹿の子は嬉しくなって、おまけにもう一つ宙返りをした。
見物人に喜んでもらうのが何より嬉しい。
領主屋敷に来てからは叱られてばかりで、鹿の子のすることを喜んでくれる人はいない。
久しぶりに心が騒いだ。
美しい切れ長の目に見つめられて、なんだか恥ずかしくなり、ぷいと視線をはずし、改めて土蔵の中を見回した。
人一人が暮らすには、あまりに殺風景だ。ほとんど物が無い。
「袿はあるんですね」
必要なものさえ無さそうなのに、男の身で妙なものを持っている。
思わず呟いた。
「千種にもらったのだ。長い間見ないが元気だろうか」
「…………亡くなりました」
紅王丸は、肩を落として座り込んだ。
「お親しかったのですね」
「親戚にあたるらしい。……少し姉上に似ていた。病か」
「いいえ、……谷に……落ちて……」
「谷に…………」
それだけ言うと、後は黙り込んでしまった。
話しかけようとしても、沈んだまま浮かび上がる気配が無い。
寿々芽が飛び立ち、窓から出て行った。
また謎が増えたが仕方が無い。
一人にしてやるしかないのだろうと、鹿の子は土蔵を出た。
「わらわが来たことは、他言無用じゃ」
見張り番に言うと、簡単に恐れ入って承知した。
弟は騙せなくとも、見張り番の男を騙すくらいはできるらしい。
ちょっと面白かった。
軽業を披露したことがきっかけで、鹿の子は自分の得意技を思い出した。
屋敷に連れて来られてから、すっかり忘れていたのだ。