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くれないの影  作者: しのぶもじずり
第二章 お客様は紅王丸
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「あのう、男の方なのに何故袿うちぎを?」


「ああ、女人になりたくて。

女人変成(にょにんへんじょう)を願い、毎日経を読んでいるのだが、なかなか成れずにいる」


鹿の子も聞いたことはあった。

変成とは、徳の高い僧侶が、仏の力で男を女に、女を男に変える術だという。

行われるのは、ほとんどが男子変成だ。しかし…………。

「あれは、母親の腹の中にいるうちに願うのではなかったかしら。生れ落ちてからでは、無理だと思います」


紅王丸は遠い目をして、ふっとため息をつく。

「そうなのであろうな。

だが、他に、姉上をお助けする方法が思いつかぬのだ」


そもそも何故閉じ込められているのか不思議だったが、鹿の子は怖くて訊けなかった。

「そりゃあ、こんなに暗くて狭い所に居ては、良い知恵なんか思いつきません。お体を動かしていますか」

紅王丸は かぶりを振る。

「狭い」


「狭くても出来ることはあります。曲げたり伸ばしたり、逆さまになったり……」

「逆さま?」

鹿の子は袿を脱ぎ捨て、はかまのすそを寄せて足の間に挟むと、逆立ちをして見せた。

そのまま背を反らせ、くるりと回って立つ。

ついでに宙返りもした。


「すごい」

紅王丸の瞳が、わずかに光を取り戻したように見えた。

鹿の子は嬉しくなって、おまけにもう一つ宙返りをした。


見物人に喜んでもらうのが何より嬉しい。

領主屋敷に来てからは叱られてばかりで、鹿の子のすることを喜んでくれる人はいない。

久しぶりに心が騒いだ。


美しい切れ長の目に見つめられて、なんだか恥ずかしくなり、ぷいと視線をはずし、改めて土蔵の中を見回した。

人一人が暮らすには、あまりに殺風景だ。ほとんど物が無い。


「袿はあるんですね」

必要なものさえ無さそうなのに、男の身で妙なものを持っている。

思わず呟いた。


「千種にもらったのだ。長い間見ないが元気だろうか」

「…………亡くなりました」

紅王丸は、肩を落として座り込んだ。


「お親しかったのですね」

「親戚にあたるらしい。……少し姉上に似ていた。病か」

「いいえ、……谷に……落ちて……」

「谷に…………」

それだけ言うと、後は黙り込んでしまった。

話しかけようとしても、沈んだまま浮かび上がる気配が無い。


寿々芽が飛び立ち、窓から出て行った。

また謎が増えたが仕方が無い。

一人にしてやるしかないのだろうと、鹿の子は土蔵を出た。




「わらわが来たことは、他言無用じゃ」

見張り番に言うと、簡単に恐れ入って承知した。

弟はだませなくとも、見張り番の男を騙すくらいはできるらしい。

ちょっと面白かった。


軽業を披露したことがきっかけで、鹿の子は自分の得意技を思い出した。

屋敷に連れて来られてから、すっかり忘れていたのだ。


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