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くれないの影  作者: しのぶもじずり
第二章 お客様は紅王丸
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次第に目が慣れてきた鹿の子は目を見張った。


はじめは若い女に見えた。

薄暗がりの中でさえ浮き立つほどに白い肌のその人の顔は、長い黒髪に縁取られ、はっとするほどに美しかった。

白地に楓の葉を散らした模様のうちぎを肩から羽織っている。


楓葉の模様は、明るいところで見たらさぞ鮮やかな緑色をしていることだろう。

右肩に近い一葉だけがほんのりと紅葉して、一部が暗い赤に見えた。

立ち姿もあでやかで美しい女人に見えるが、先ほど聞こえた声は明らかに男の声だ。

他に人がいない以上、この人物の声に違いない。


「誰?」

「鹿の子」


再び問われて、鹿の子は久しぶりに名を口にした。

土岐野も五葉も名前を呼ぶことは無い。

昨日などは、五葉に『影さん』と呼ばれた。

自分の名前が懐かしかった。


「鹿の子……姉上に、今は、お屋形様と呼ばれているのだったね。

そう、まるで、生き写しだ」


「そんなに似ていますか。でも、すぐに気がつきましたよね」

「動きがまるで違う。それから、雰囲気も……」


自分がお屋形様の身代わりにされようとしていることは、気がついていた。

小言の合間に『お屋形はそんな無様ぶざまなことはなさらない』、と土岐野の口から出たことがあったのだ。

何故そんなことをするのか理解できないながら、それでも毎日小言に耐えて練習したのに、まるで違うといわれたことは、少しがっかりだった。


「姉上と仰るところを見ると、お屋形様の弟君なのですね」

「屋敷に居ながら聞いていないのか。

忘れられているらしい。すでに居ないことになっているのやも知れぬ。

白菊の弟、紅王丸(べにおうまる)だ」


紅王丸は、うっすらと微笑んだ。

しかし、その笑顔が寂しそうにしか見えない。


「何をしに此処へ?」

問われて、鹿の子はやっと思い出した。


「鴉に大事なかんざしを盗られて、追いかけたらこの中に入りました」

鴉は、紅王丸の足元に居た。

「寿々(すずめ)が運んできた簪は、そなたの物だったか」


「いえ、すずめではなく、鴉です」

紅王丸は戸惑った様子で、足元の鴉を見る。


「この鴉に名を付けた。寿々芽という名では、おかしいか……」

「はい。ややこしいと思います」

鹿の子の返事に微笑んだようにも見えたが、やはり悲しい顔にしかならなかった。


「もう、付けてしまった。……どうしよう……寿々芽」

まるで相談するかのように鴉に目を落すと、カァーッと返事が返った。

自分の名前が気に入っているらしい。

名前を変えるのは手遅れだ。


紅王丸は格子戸に近づき、間から簪を差し出した。

「すまなかった。寿々芽はこういう物が大好きなのだ」

近くで見ると圧倒されそうに美しい。


簪を受け取った鹿の子はすぐに立ち去る気にならず、簪を もてあそびながら訊いてみた。


「あのう、男の方なのに何故袿を?」


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