二
鴨居の上ならば人の視線のはるかに上だ。
背伸びをしても見えない良い隠し場所だと思っていたが、鴉には通じなかった。
光り物を好む鴉がいる。
そんな鴉にとって、磨き上げた真っ赤な珊瑚玉は好物といえた。
鴉を追いかけて、急いで庭に下りた。
盗られてしまったら、鹿の子の物といえるものは何一つ無くなってしまう。
飛んでいってしまったらどうしよう。
心は焦りながらも、ゆっくりと慎重に近づいた。
「あたしの大事なものなの。お願い、返して」
鴉に向かって優しく嘆願しながら、近づいていった。
鴉はおとなしく動かない。
あと少しで手が届きそうになると、ひょいと数歩跳びのく。
まるで鹿の子をからかっているようだ。
なだめすかしては、じりじりとまた近づく。
鴉が数歩跳び退く。
鴉に翻弄されて、ばかばかしい追いかけっこが繰り広げられた。
夢中になって追いかけているうちに、知らず知らず庭の奥まで進んでいたらしい。
全く見覚えの無い場所に出ていた。
からかうのに飽きたのか、鴉がついに飛び上がる。
「きゃあ、待って。行かないで」
鹿の子の叫びも空しく、小さな土蔵に開いた風通し窓に飛び込んだ。
上方に開いた小さな窓には格子が嵌り、入り口の扉以外の見えるところは全て塗り壁で塞がれている。
屋敷の中を歩き回ることは許されていない。
勢いで飛び出した鹿の子は、しまったと思った。
最奥に建つ土蔵と思える建物の前には、見張り番の男がいたのだ。
見つかってしまったと首をすくめたとたん、見張り番はあわてて平伏する。
「お入りになられますか」
うろたえて、とりあえず頷くと、見張り番は土蔵の鍵を開け、再び平伏した。
何でもいい。簪を取り返さなくてはならない。
中に入るしかなさそうだった。
薄暗さに目が慣れるのを待って立ち止まっていると、声が聞こえた。
「姉う………………誰?」
奥の壁には、人の頭ほどの高さにもう一つの格子窓が開いていて、楓の枝が覗いていた。
そこからわずかに差し込む光が、右の壁に格子模様の四角い白を小さく浮き立たせている。
座っている人物が居るのが分かったが、詳しい様子は見えなかった。
鹿の子との間に格子戸が立ち塞がり、出入り口には頑丈そうな錠前がついている。
閉じ込められているのだ。
その人が立ち上がり、さわりと衣擦れの音がした。