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くれないの影  作者: しのぶもじずり
第二章 お客様は紅王丸
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翌日から、土岐野が付きっ切りで、挙措動作きょそどうさの訓練が始まった。

動きに慣れないうちはと小袖に切り袴、薄い(うちぎ)を一枚着せられていたが、鹿の子には、それでもお姫様になった気分だった。


「だらしない歩き方をしない! 背筋を伸ばしなさい」

何も考えられない鹿の子は、土岐野の言いなりだ。


「新参者の兵でもあるまいに、元気良く行進してどうする。しとやかに歩くのだ」

しとやかがどういうことかが分かっていない。


あごを引け。歩幅は小さく。ドタドタと音を出すな。

両手を振らんでよろしい」

言いたい放題に叱られるが、体がうまく動かない。

初めて注意されることばかりで、軽業とは大分様子が違う。

立ったり座ったり、歩いたり、を一日中繰り返し練習させられた。

食事の時も、はしの上げ下ろしまでうるさく注意され、お小言の食いっぱなしだ。


「大口を開けるな。かき込むでない。箸を短く持つな。もっと長く使うのだ」

鹿の子は元々器用な性質(たち)ではない。

いくら叱られても、上達する気配は遅々として進まなかったが、訓練に追い立てられているうちは、何も考えなくて済むのが有り難かった。


朝、起きたばかりでぼんやりしている時などは、楽しかった一座の仲間たちのことを思い出したり、自分自身の頼りない身の上に不安になったりしてしまう。



そんな日々がどれほど過ぎていったろうか。

日差しは日を追う毎に強くなっていったが、鹿の子は日数を数えることさえ忘れた。

日がな一日屋内で過ごし、陽の光を浴びることも無く、湯殿では、糠袋で満遍なくこすりたてられて、肌は透き通るように白くなっていった。

旅の一座の軽業師と思う者は、もはやいないだろう。


そうして幾日も過ぎた日の朝、

身支度をして待っていた鹿の子のもとに、土岐野は現われなかった。

五葉が来て、土岐野はお屋形様の御用があるので、朝のうちは一人で練習しておくように、と言い置いて去った。


鹿の子に与えられた部屋は、白菊の部屋に廊下でつながっている。

かなり近い。

逃げ出さないと判断したのだろう。見張りも特に付かなくなった。


うるさく指図されたからやっていたに過ぎない。

自分からしたい訳でも、使命感がある訳でもないことを一人でやっておけと言われても、進んでなんかやりたくない。

鹿の子は気が抜けて、ひざを抱えてぼうっと庭を眺めていた。


何処からかからすが一羽舞い降りた。

右の羽根に赤い色が見える。道中で見かけた鴉と同じだ。

よく見ると、赤い物が付いている訳ではなかった。

一枚だけ赤い羽根が混じっている。

目の速い藤伍も、さすがに羽根が赤いとは思わなかったのだ。

みんなと山道を歩いたことが、遠い昔の出来事のようだった。


鴉は庭から鹿の子を眺めていたが、恐れる風もなく廊下に上がってきた。

ずうずうしい奴だ。

それでも身動きをしない鹿の子を気にすることなく、部屋の中にまで入る。

部屋の中を物色するかのようにうろつき、いきなり鴨居(かもい)に飛び上がった。


「あっ!」

鹿の子は、そこに来て、やっと慌てて立ち上がり追い払おうとしたが、時すでに遅し、鴉は隠してあった紫苑のかんざしくわえて庭に逃げた。


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