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くれないの影  作者: しのぶもじずり
第一章 次嶺経(つぎねふ)は山また山
11/69

十一


よろめいてくず折れそうになった腕を、むんずとつかんで引き寄せた者がいた。


見知らぬ男に思えたので、鹿の子は振りほどこうと暴れたが、男は強くつかんで放さない。

暴れる鹿の子をもてあまして、当て身で気絶させた。


すぐ先に、切り立った谷が口を開けていた。

男は、千種を追っていた者たちの一人だった。

「見つけたぞ」

一声仲間に声をかけ、気を失っている鹿の子をかついだ。




鹿の子が目を覚ますと、領主屋敷の部屋だった。

のどが痛い。

泣き叫びながらみんなの名前を呼んだせいだ。

せっかく逃げ出したのに、簡単に見つかったのも無理はなかった。

足も痛い。


障子は開け放たれて、柔らかな日差しが手入れの行き届いた庭木に降り注いでいる。

木の影が長く伸びて、午後の遅い時間を示していた。

廊下の端に座っているのは、見張りを言いつけられた男だ。


鹿の子は身を起こした。

長く気絶していたようだが、寝ている場合ではない。

一座のみんなを探さなくてはならないと思った。


衣擦れが聞こえて、現われたのは土岐野だった。

「夜半に火が出たようです。

気づいて駆けつけた者達は、誰も逃げ出て来る人間を見ていないとか。

みな焼け死んだのであろう」

前置きも無く、感情が見えない言い方で淡々と告げた。


鹿の子はただぼんやりと聞き流して、土岐野が何を言っているのか理解できないでいた。

みんなを探さなくちゃ。

が、次の言葉に 凍りついた。

「そなたの戻る場所は、もう何処にも無い」


鹿の子は、自分の身に降りかかった事態にやっと気が付いた。

恐ろしいが事実だった。


認めたくなどなかったが、一緒に旅をしてきた仲間たちは、もう誰もいないのだ。

逃げ出したところで、行く当てはない。

見知った土地ならともかく、初めて来た場所であり、なじみの町に出る道すら分からなかった。


「この屋敷で、お屋形様に、白菊姫さまに仕えよ。他に道は無い。

今日はゆっくりと休むが良い。明日から、そなたはお屋形様の影になるのじゃ」


「…………影……」


土岐野は言うだけ言うと、振り向きもせずに立ち去った。


しばらくの間ぼんやりしていた鹿の子は、のろのろとした動作で、掛けられていた夜具をはいだ。

泥だらけだった足がきれいにぬぐわれて、怪我をしていたらしいところに手当てが施されていた。

影とは、なんだろう。

自分はどうなるのだろう。

ふと、手に握り締めていた物に気づく。

紫苑のかんざしだった。

見張りの男に気づかれないように、さりげなく夜具に隠した。


着ていた着物は戻ってこなかった。

これも取り上げられないように、隠しておかなくてはならない。


鹿の子の物は、もう赤い珊瑚の簪しか残っていなかった。


第一章が終わりました。

第二章に続きます。

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