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くれないの影  作者: しのぶもじずり
第一章 次嶺経(つぎねふ)は山また山
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方角さえ 全く分からない。


こんなことになると知っていたなら、星の読み方を習っておけばよかった。

そうすれば、星座の位置で東西南北くらいは分かったはずだ。

だが、今の鹿の子には、星が途切れて黒々とした輪郭が山の稜線なのだというところしか、判断のしようが無い。


まずは手探りで屋敷が建つ高台を下り、丈の高い植物の陰に身を潜めた。

土の軟らかさから畑だと知れる。


やがて、空の一角がわずかに明るくなった。

鹿の子は屋敷の東側に出ていたようだ。


ほんのり見え始めた中を、屋敷を避けるように回り込みながら走り出した。

道ではなく、畑を選んで走った。

育った作物に身を隠せるし、裸足の足にも楽だ。

だんだん速度を上げて、朝の光と競うように、飛ぶように 走った。


近づくにつれて、焦る気持ちの中に違和感がよぎった。

朝の空気にそぐわない焦げた臭いが鼻につく。

(かまど)に火を入れるには早すぎる。

いや、竈の臭いではない。


胸がザワザワと嫌な予感にふくれ上がる。


やっと目的の場所に着いたとき、鹿の子は呆然と立ちすくんだ。

見事だった舞台は、完全に焼け落ちていた。

屋根が落ち、柱は倒れて、所々からまだ煙が上がり、無残な隙間からは()き火の赤い色がちろちろと見える。

こげた臭いが辺りに充満していた。


崩れそうになる体になけなしの力を込め、うおーと叫んだ。

叫びだしたら止まらない。

仲間一人一人の名前を叫びながら、また、ふらふらと歩き始めた。

が、何処からも返事が返って来ない。

それでも狂ったように なおも名前を叫んで、焼け跡の周りを歩いているうちに、木の根に足を取られて転んでしまった。


涙で視界がぼやけて、足元が見えていなかった。

はいつくばった姿勢からなんとか顔を上げ、起き上がろうともがいた視界の先に小さく赤いものが見え、ほとんど無意識で手を伸ばしてつかむ。


真っ赤な珊瑚玉さんごだまのついたかんざし

紫苑のものだ。

水気の多い草と土に半分埋っていたから、焼けもせずに美しく輝いている。

舞台では使うことがなかったが、普段、無造作に櫛巻きにした髪に挿していた。

それこそ軽業師風情が持てるような品には見えなかったが、誰もあえて問おうとはしていない。


握り締めて紫苑の名を叫んだ。

形見だなんていやだと思った。


近い場所にあった雑木は焼け焦げていたが、風向きのせいだろうか、燃え広がるまでには至っていない。

うまく逃げ出したとしたら、風上に行くだろう。

鹿の子は立ち上がり、裏手に当たる方へと進んだ。


よろよろと泣き叫びながら進むうちに、頭の中に似た光景がよぎる。

同じようなことがあった気がしたが、そんなことはどうでも良かった。

鹿の子は、一昨晩、千種がたどった同じ方向へと進んで行った。


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