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第9話 平穏な朝

 カルムを撃破した次の日の朝。ベルズの寝起きの顔は、なんともいえないものとなった。

 理由は単純。ベルズが目を覚まして最初に目に入ったのが隣の部屋のベッドで眠っているはずのカトレアがすぐそばですうすうと寝息をたてて寝ている所だったからだ。

 ベルズ達のいる三階の部屋の窓から日の光が差し込み、カトレアの安らかそうな表情が照らし出される。


「……お前、なにやってんだ」


 そう呟きながら呆れ顔でカトレアの頬を突っつくと、半開きになった口から笑い声と涎がこぼれてきた。

 頬を抓り上げて叩き起こしても良かったのだが、ベルズは無抵抗な相手とかあまりにも弱い者に対して苛めるような真似をするのは好きではない。やめておいた。


「ったく、いつの間に入り込んだんだ」


 ベルズは部屋の鍵を閉めたりしていなかったし、入ろうと思えば簡単に入れるような状態だからあまり不思議な事ではないが。

 それに、コソ泥や強盗が忍び込んできた所でベルズなら返り討ちにできるし、盗られて困るほどの物も置いてはいないから鍵を閉める必要もないのだ。

 というか、鍵をしていたらカトレアが開けてくれと叫びながら扉を叩いて、それはそれはうるさかったかもしれない。

 安眠を妨げられるよりはましだったかと考えてベルズはベッドから這い出る。そしてカトレアに布団をかけ直してやっている途中、カトレアが目を覚ました。


「……おはよう」

「ぁ、おふぁようございまふ」


 寝起きでまだ思考がぼんやりしているのかカトレアの目は半開きだ。半身を起こして手の甲で目を擦りながら微妙な滑舌の挨拶を返してくる。

 しばらくそのままボーっとベルズを見つめ、ようやく覚醒したのか目を見開くと勢いよくベッドから跳ねるように飛び上がり、床に降り立った。


「お、おはようございますっ!」

「ああ、うん、さっき聞いたし、別に言い直さなくても」


 姿勢を正し、今度はしっかりとした発音で再びカトレアが挨拶を繰り返す。一回目の気の抜ける返事とは違い、まるで軍隊を彷彿とさせるような張りとキレのある声だった。


「いえいえ、挨拶とは大事なものなのです。どれだけ親しい間柄の方であっても、しっかりとした挨拶を交わさなくてはその方との関係が悪くなってしまう事もあります。……それに、私はベルズさんに惚れている身。なおの事、あんな適当な挨拶は許しておけません」


 挨拶の重要性をカトレアは語るが、正直ベルズはどっちでもいい。返事さえ返ってくるなら別にそこまで気にはしない。

 適当に相槌を打ちつつ、ついでにカトレアをからかってやる。


「そうなのか。俺はさっきの気の抜けた、まさに素って感じの方が可愛くて好きだったけどなー」


 そう言いながら意地の悪そうな笑みを浮かべてカトレアの反応を見ると、概ねベルズの予想した反応が返ってきた。


「えっ!? あ、えっと。……ベ、ベルズさんがそちらの方がいいと言うのであれば、その、善処いたします……」


 ほんの少し前のハキハキとした口調から一転、みるみるうちに顔は赤くなり、言葉は後半になるにつれどんどん小さくなっていった。

 俯き、モジモジしながら喋るカトレアを見て一通りニヤニヤしながら、ベルズは我に返った。自分は、何をやっているのだろうと。寝起きのせいで頭の回転がおかしくなったのだろうかと。

 軽く頭を振り、頬を叩く。こんな意味のない事をするより先に、もっと聞くべき事があるのだ。


「ま、まあその話はおいといて、だ。いろいろと話したい事がある」

「……お話、ですか?」


 ベルズが声のトーンを下げてそう言うと、カトレアも一気にクールダウンして聞く姿勢に入る。まあ、そこまで重大な話でもないのだが。

 あの後、ベルズはカトレアにも色々あったし、まだ疲れが残っているだろうと考えてあまり話もせずに休ませてしまったので詳細を聞いていないのだ。

 カトレアがエルフ、というか人ではない事はなんとなく察していた。ベルズが普段人に抱く不快感や嫌悪感を感じなかったから。


「ああ、お前がエルフだってのは分かったんだが、他にも何か隠し事してるんじゃないかと思ってな」

「か、隠し事だなんて、そのようなつもりは…… ほ、本当に言い忘れていただけで…… ベ、ベルズさんに対して隠そうとしていたわけじゃ、なくて……」


 少しカトレアはしょんぼりしたような、悲しそうな表情を見せながらそう呟く。その今にも泣き出してしまいそうな顔に、ちょっとだけ動揺したベルズは思わず訂正。


「あ、いや、その、ちょっと俺も言葉が悪かった、すまない。……そ、それでだな! まだ何か、その……言ってない事とかあったら教えてくれ」


 意図せずとはいえ女の子を泣かせそうになってしまったので、出来る限り優しい言葉で聞く。

 別にベルズは責めている訳ではないという意思が伝わったのか、カトレアの声にも少し元気が戻る。


「は、はい。そうですね……後は特別な事と言えば、簡単な火の魔術が扱える程度です。それ以外は、特に変わった事は何もございません」

「火の魔術かぁ……ああいや、なんでもない。それじゃ、話してない事はもう無いな?」

「ええ、もちろんです。恋した方に隠すような事などもうなにもございません! 」


 カトレアの表情はどこか清々しさをも感じさせる。言葉通り、特筆すべきような点は全て語ったとみていいだろう。

 ベルズの弱点である火属性の魔術を扱えるという事で多少顔を顰めたが、簡単なものが扱える程度ならばそう警戒するものでも無いか、と考えた。

 ただ、それでもやはりベルズは炎がちょっと怖い。あまり露骨にカトレアの機嫌を損ねるような事はしないようにしようと心がける。

 ……まあ、それはそれとして。

 カトレアはもう何も隠すつもりは無いとの事。どこまで本当に包み隠さず話してくれるのか、好奇心と興味がベルズの中に湧き上がってくる。


「へぇ、何も隠さない、か。……だったら胸のサイズとか聞いちゃおうかなー」


 そして直後に、口にした事を後悔すると同時に、カルムを食らった事を後悔した。

 捕食の後まれに、食らった者の精神や言動などがベルズのものと混ざり、表に出てきてしまう事がある。生きる意志の強い者が取り込まれるのを拒もうとするからだ。

 とはいえ一度食らったものは決して元に戻る事はできない。数日経てばそういった事はなくなり、ベルズの身を守るための壁や武器としてだけ機能するのだが、それでもそこまでの間は自分を乗っ取られて言いたくもない事を言わされている気分になるので、ベルズはあまり捕食を行わないようにしている。

 だから本当はベルズはあの時、カルムを捕食するつもりはなかった。しかしいつまでも攻撃を通せないままでは埒が明かず、不本意ではあったがカルムを捕食する事にした。

 滑って転倒しかけたのは完全にただの不注意だったが、それ以降の演技にもカルムは完全に騙され、勝利を確信してくれた。その後のうろたえぶりは実にベルズを満足させるものだった、のだが。


(あんのコワモテ、どんなカタブツかと思ってたらとんだスケベ親父じゃねぇか! ちょっとでも気ぃ抜いたらセクハラ発言が飛び出てきやがるッ!)

「あ、いや違う。今のは別にそういうつもりじゃないから、忘れてくれて……」


 すぐにベルズは弁解を図るも、カトレアはわかっていると、恥ずかしがる必要はないと、そう言いたげな微笑みで頷きを返してくる。


「ふふっ。やっぱり、男性ってそういうものが気になるのですね」

「いや、気にならない」

「もう。ベルズさんの方から聞いてきたんですから、そんなに照れなくても……でも、ごめんなさい。自分でそういうものを測った事はないもので、具体的な数字までは」

「ああなんだそうか、そりゃあ残ね」


 特に興味もないベルズはそのまま聞き流そうとしていたが、突如カトレアが上着を脱ぎ始めようとするのを見て、即座に止めに入る。


「なぜ脱ぐ!? 」

「ええと、具体的な数字がわからないので、直接見て確かめて頂こうかと」

「そこまでしなくていい! 具体的にわかんないなら抽象的に教えてくれるだけでいいから! 」


 ベルズも一応男だ。本来の姿は男か女かもわからないような姿ではあるが、多分男だと自身は思っている。

 そして、欲というものが無いわけではない。女性の裸体を見れば当然、相応に興奮するし、相応の欲望も湧く。

 普段ならばそれの制御ができないという事はない。ベルズはその辺は結構厳しく抑えるのだ。そう、普段ならば。

 カルムの精神がベルズに干渉している今、カトレアの胸を直視しようものなら、カルムの部分が何をしでかすかわからない。

 そうしてベルズの想いはカトレアに無事伝わったらしく、不服そうではあったが諦めてくれた。


「ううん、なんだか納得がいきませんが、ベルズさんがそう仰るのでしたら。……では、あまり大きくはないほう、とだけ」


 特に躊躇せず脱衣しようとした割には、やはり恥ずかしいのかもじもじとしながらカトレアが答える。そうか、とだけ返してベルズは話題を変える事にした。


「まあ、この話はここらで置いておこう。……もう一つ聞きたい事がある」

「はい、なんでしょう? 」

「なんで俺のベッドで寝てたんだ」


 行動からあまりそれらしい物は感じられなかったが、もしかしたらカトレアは既に寂しさを感じはじめているのかもしれない、と考えた。

 父も母も、友達すらいない未知なる場所に恐怖を感じて、一人で眠るのが怖くなって潜り込んで来たのかもしれないし、早くも家に帰りたくなったのかもしれない。

 後者だとベルズとしては楽なのだが。いや、しかし前日に何があろうと返さないと言ってしまった手前、そうもいかないだろう。

 自分の失言を悔いつつ、早くも折れたらしきカトレアに呆れつつベルズは続ける。


「まあ、その、何だ。早くも親御さんに会いたくなったてんなら、昨日はああ言ったが、まあ、どうしてもってなら考えなくもないんだけどさ……」


 前言撤回と言うのもベルズは好きではない。なによりもまず男らしくないし、化け物や怪物という奴が一度した約束は必ず守り通すものなのだ。少なくとも、ベルズの中ではそういう事になっている。

 昔にベルズが読んだ本の影響だ。物語の中では、怪物が交わす約束は、それが誰と交わしたものであっても決してそれを破る事はない。

 英雄に憧れてその真似事をする少年のように、ベルズもその怪物達に憧れ、真似をする事にした。

 したのだが、その最初にした約束をベルズは自分から破ろうとしていた。と言うか、カトレアが早い内に帰ってくれた方がベルズとしては都合がいいので、つい言ってしまった。

 幼い頃に願った夢とは得てして叶えられないものなのだろうかと葛藤するベルズが今の発言を取り消そうと口を開く直前に、カトレアの答えが返ってくる。


「いえいえ、ご心配には及びません。私も昨日、簡単に諦めないと言ったではありませんか」


 それを聞いてベルズは心の中で胸を撫で下ろした。自分で立てた約束を自分から破らずに済みそうだ。


「じゃあ、どんな理由なんだ?」

「それはですね……」

 

ではどうして、とベルズが尋ねると、よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりの顔で胸を張る。


「夜中にベッドに忍び込んだらベルズさん、なにかこう、イロイロとしてくださるのではないかと期待しましてですね……」


 長々とろくでもない事を語り始めたので、カトレアの頭に軽くチョップを叩き込んだ。

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