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第7話 銀色の捕食者

「っ、そんな、ベルズさん……ッ!! 」


 ここまでずっと黙って二人の戦いを見守っていたカトレアだったが、この結果に目を見開き、両手で口を覆い、直前にベルズの見せた表情のように、己の不用意な行動を悔い、恥じた。それに続くようにとめどなく涙が溢れ、零れ落ちる。

 周囲の確認も録にせず、不用意に身を出すべきではなかったと。そもそも、彼について行くなどと言わなければ彼も死なずにすんだのではないのか、と。

 そのまま崩れ落ち、せめてもの償いにとベルズの後を追うための方法を考え出す直前、違和感に気付いた。



「俺の勝ち、だな」


 カルムの剣はベルズの胸のど真ん中を貫いている。いかな魔術や技術をもっていようとも、人間である以上はこの状態から生き残るのは不可能。今からできる事は最後の悪足掻きのみ。それも朦朧とした意識から繰り出されるそれをかわすのにさして手こずりはしないもの。

 だからこそ余裕がある。だからこそ、カルムは勝利を宣言する。苦悶の表情を浮かべるベルズは、黙ってそれを聞き、カルムを睨みつけているだけだ。

 これで報酬が手に入る。これで夢を、故郷の農村の復興の夢を、叶えられる。長年手を伸ばし続けた夢が、ついに手に入る。

 そう考えただけで、カルムの表情はつい緩んでしまった。


「……ああ、すまないな。つい、今後の事を考えてしまって……だが安心してくれていい。あのお嬢さんは俺が責任を持って……」


 だが、カルムは言葉の途中で気が付く。何かがおかしかったのだ。違和感がある。

 いぶかしみながらベルズを観察し、違和感の正体を知る。

 ベルズが苦しむような表情を一切浮かべていないのだ。それどころか、笑ってすらいる。


「ずいぶんと暢気な事だな、敵が動かなくなった訳でも無ぇのに勝ちを気取るなんざ」


 いや、違和はそこだけではない。最初の内は光の反射でそう見えているのかと思ったがそうではなかった。

 ベルズの口から流れる血も、胸から流れ落ちる血も、赤ではない。銀色に輝いているのだ。

 すぐさま距離を取るべく、剣を引き抜こうとする。が、びくともしない。

 見れば、カルムがベルズの胸に突き刺した剣が徐々に、ベルズの血の色と同じ銀色に変わっていく。

 カルムは驚愕し、すぐさま柄から手を離そうとするもすでに遅く、離せない。剣を握る手の先が、既に剣と同じく銀色に変わり始めていた。

 そして、銀色に変わった剣はそのままドロドロの液状になり、流れ出たベルズの血と混ざり合いながら傷口へと逆流していく。

 それと同時に傷も塞がっていく。切り裂かれたはずのコートも、同じく徐々に修復されていく。

 ベルズはそのカルムの表情を見て、非常に満足そうに呟いた。


「いやぁ、良い剣だな。折角だからもらっとくよ」

「くッ……! 貴様、魔獣だったのかッ!? 」

「おいおい、そんじょそこらの野良犬みたいなのと一緒くたにされたくないなぁ。俺は魔獣じゃなくて魔族だ」

「魔物風情がッ! 得物を奪った程度で勝った気になるなッ! 」

「いや、だから魔物でもないって。俺は魔族で……」

「黙れッ!! 呼び方なんぞどうでもいいッ!!! 」


 心臓を貫き、確実に殺せたと思っていたカルムだったが一転、立場が変わった事を悟り、カルムはぞわぞわとしたものを感じる。

 このままでは自分は死ぬのでは、そんな気さえしてきた。

 そんなわけがないと叫び、とにかく必死に暴れようと試みるも、手がベルズの胸から離れない。

 引っ張っても、振りほどこうとしてもビクともしない。手の先端からだんだんと感覚がなくなっていくのを感じ、それに伴い恐怖が心の奥底からあふれ出してくる。

 カルムの必死の形相を見やり、ベルズは不敵な笑みを浮かべると共に、勝利を確信した。


「俺の勝ち、だな。……で合ってたっけか? 」


 カルムの腕が、みるみるうちに銀色に変わっていく。

 平行して、銀に変わった部分の感覚が消失する。そう、カルムの体もまた、先ほどの剣と同じようにベルズに取り込まれようとしているのだ。


「あーあ、速いとこ剣を離してりゃあ、まだ助かったのに。残念だったなぁ」


 ヘラヘラと笑いながらゆっくりと銀色に変わっていくカルムを見ながらベルズはそう口にした。

 呼吸が荒くなり、それでも必死に脱出しようとまだ動かせる足をじたばた振り回してカルムは叫ぶ。


「ふッ、ざけるなッ……! 俺はまだ、死ねないんだ、こんな、こんな事でッ!! 」


 ベルズから少しでも離れようと後ずさろうとするも、動かない。

 腕だけではない。カルムはもう脚の指一つすら、動かす事ができなくなっていた。

 気が付けばもう、カルムの体は胸の辺りまでが銀に変色していたのだ。


「残念な事に俺の血に触れた時点でもう助かりやしない。そのまま自分が食い尽くされて行くのをじっくり眺めててくれ」


 薄く笑みを浮かべながら無慈悲に呟かれるベルズの言葉。それを拒絶するべくカルムは涙を振り撒き、絶望に顔を歪めながら吼え叫ぶ。


「い、嫌だッ! 俺はッ、村をッ! もう一度あそこで暮らしたいだけなんだッ!! 助けて、助けてくれよ、またあの時みたいにッ! 師匠――――ッ!!!! 」

「あー、いいなぁその表情ッ! 恐怖と絶望に染まりきってるのがこっちにも伝わってくるッ! 俺も男だけど、惚れ惚れするぜそういうのッ! いやあ、わざわざ食う甲斐がありそうだなッ!! 」


 じわじわと頭の天辺を目指して銀色の変色が進んでいく。

 カルムも無駄とわかっているのかもしれないが、とにかく首を振り乱して精一杯の足掻きを見せる。

 だが、それはむなしく意味を成さず、最後の方はほとんど聞き取る事ができないような叫びを上げながら、カルムはついに銀の像のような姿になり、一拍置いてから液状に変わってベルズの身体の中に吸い込まれていった。

 ベルズはその間、ずっと満足そうにそれを眺めていた。


「……いやぁ、強いだけあってなかなか美味いじゃあないか。ごちそうさま、っと」


 手を合わせ、既にその姿は無いが、カルムに対して軽く頭を下げる。

 カルムに対して礼儀だとかを感じての行動ではなく、なんとなくやってみただけだが。

 そして頭を上げてベルズが振り返ると、カトレアが窓を跨ぎ、こちらへと駆け寄って来ていた。


「べ、ベルズさんっ。ご無事、ですか……!? け、怪我とかは……」

「怪我? してないしてない。苦しむフリしてたのは演技だし、傷一つないぞ」


 カトレアの心配とは打って変わり、ベルズはにこやかに笑ってコートの胸の部分を開いてカトレアに見せる。言葉通りに傷一つ無い肌色が姿を見せた。


「……そうでしたか。それは良かった……いえ、そうではありませんね。……申し訳ありませんでした」


 ベルズの無事を確認し安堵したカトレアだが、それよりも先にしなくてはいけない事があった。ベルズへの謝罪。

 元はと言えばベルズの言いつけを破り勝手に動いたカトレアにも非がある。おとなしくしていればカルムはあのまま去っていたかもしれないし、不要な戦闘を避けられたかもしれない。

 まあ、島の入り口付近にあるモノの事を考えればそうやすやすと引き下がるものではないかもしれないが。

 それはともかくとしてカトレアは罪悪感を感じている。もしかしたら避けられたかもしれない戦闘を引き起こした事と、それに恋した等とのたまった相手を巻き込ませ危険に晒した事。

 結果的にベルズは無傷だったものの、それでもカトレアは許せない。どちらも恋人にさせていいような行いではない。

 だからカトレアは深く、深く、頭を下げる。そのまま腰から真っ二つに裂けてしまうのではないかと思うほど深く、謝罪の意思を込めて体を折り曲げる。


「ベルズさんを危険な目に会わせるようなつもりは無くて、ただ一緒に居たかっただけで、その、本当に、ごめんなさい」


 当のベルズ本人はそこまで気にしてはいなかったのでカトレアの予想以上の恐縮ぶりに困惑している。ぽりぽりと頬を掻きながらなんとも言えない表情をしてしまう。


「いや、そこまで頭下げなくてもいいから。……まあ、いきなり顔出した時はちょっと怒ったけど、その後は何も余計な事しないでくれてたし、そもそも俺も無事だし、もうそのくらいで、な?」

「だ、駄目ですっ! 好きになった方にこんな事をさせておいてお咎めなしでは私自身を許せませんっ! 何か、罰を! 」

「罰って言われてもな……」


 もう自分は許しているつもりなのに罰を、と言われても困る。

 何かしらの被害がベルズに及べばそれも考慮できたが、自身は全くの健康体。

 損失が何も無いのだからこのままこの件は終わらせたいベルズだったのだが、カトレアはそうさせる気はないようだ。放っておけば、本当に真っ二つになるまで謝り倒すかもしれない。


「じゃあ、えーっと…………次からは気をつけるようにしてくれ」


 しょうがないので、同じような事を次またしないように、という事を誓わせる事とした。それが罰と呼べるかどうかは疑問だが。

 実際、ベルズの言葉に顔を上げたカトレアも不服そうな顔をしていた。


「むぅ、それでは少し軽すぎるかと思います。もっと、精神とか肉体に対しての物でないと罰とは……」

「はぁ、じゃあ次とんでもない事やらかしたらとびきりのを用意するから、今回はナシ。それならいいだろ」

「……わかりました。ベルズさんがよろしいと言うならば、それで」


 最後まで不服そうではあったが、なんとかカトレアに了承させることができた。

 この件についてようやく終わらせられ、ベルズは小さく溜息を吐く。


「さて、それはそれとして。お前はもっと他に俺に聞きたい事とかあるんじゃないのか? ……実は、俺が人じゃなくて魔族だった事とか」


 ベルズはそこについての話がしたかったのだ。表情を真剣なものに切り替える。

 あの場ではあえてカトレアに言わなかったが、ベルズは人ではない。

 もっとも、人間を素手でいとも容易く貫いたり引き裂いたりすれば、言わずとも理解できるかもしれないし、人から外れた存在だという事はとっくに気付いていたかも知れないが。

 だがもし気付いていなかったとすれば今この場でそれに気付いたという事。多少なりとも恐怖を覚えるかもしれないし、もしかするとこのまま帰ってくれるかもしれないと期待して、あえて今の今までベルズは隠していた。


「そう、俺は人に見えるが、これは偽りの姿。本当の姿は人とはかけ離れた、銀色の不定形な、いわゆるスライムのような姿だ。……どうだ、怖くないか? お前の惚れた相手は、人でない、異形の存在なんだぞ」


 魔族、それは魔獣のように野生動物の体内に魔力が溜まり凶暴化した存在とも、異界の扉からこの世界へ入り込んだ別世界の生物、魔物とも違う。

 魔族とはこの世界に在る魔力が濃密に凝縮された結果生み出される結晶のようなモノ。その姿は、人に限りなく近い者から異形の獣のような者まで多種多様。

 その大半は人の言葉を理解するものの、これまたその大半が人間に対し猛烈な殺意を抱いている。そして彼らは例外なく非常に長命で、べらぼうに強いのだ。

 腕を振り回すだけで村一つ吹き飛ばす程の暴風を巻き起こすとも、ただ走り回るだけで町を飲み込む地割れを生むとも言われている。

 魔族に出会って無事生還できた者は数少なく、その証言の殆どが尾鰭のついた噂話のように泳ぎ回っているが、人々に対する脅威、ないしある種の災害であると言う事は多くの人の心に刻まれており、目撃例があれば即座に大規模な討伐隊が組まれるような存在。

 ベルズも、そんな恐ろしい魔族の一人だと言う事なのだが。


「……? いえ、ちょっと驚きはしましたが、別に怖いとまでは思いませんよ?」


 カトレアの反応は実に軽いものだった。

 あまりに軽すぎる返しに思わずすっ転びそうになるベルズだが、どうにか抑える。


「い、いや、そんな事ないだろ。俺の種って結構有名だったと思うんだけど? 聞いた事ないか? 銀色の捕食者とか、白銀の災厄(カラミティシルバー)とか、大層な名前で呼ばれてすっげえ恐れられてるらしいんだけど」


 ベルズの問うた二つ名、それは銀に輝く液状の不定形な体を持つ魔族に対して付けられる呼称。

 その体液に触れた者を、物を、自身と同じく銀の液体にし、体内に取り込みそれに擬態する。

 それだけではなく、取り込んだものが生物であればそれの持つ力、生命力、魔力、技術等を自身の物として吸収し、無機物であれば身を守るための盾として身体の表面を覆わせたり、取り込んだ武器を再構成し振るう事もできる恐怖すべき存在。

 だが、無敵と言うわけではない。幾度かの戦闘で火炎に弱い事と、水中では自身の取り込んできた物の重量が莫大なものとなるらしく、瞬く間に沈んでいく。

 しかし弱点があるとはいえその性質は非常に危険であるため、最優先の討伐対象として、そして最大級の災害として、数多の人々から恐れられている。

 カトレアがそれを知らなかっただけではないか、と考えたベルズはかいつまんでカトレアに説明するも、やはり恐れるような動作や表情は見せなかった。


「うーん、確かに聞いた事もあるような気はするのですが、だからと言ってベルズさんが怖いか、と言われるとそうは思いません」

「なんでだよ…… 触れたものなら何でも食らっちまうようなヤツだぞ?」


 ベルズはまるで恐怖を覚えないカトレアに呆れ気味に呟く。対してカトレアは満面の笑みで口を開く。


「ふふ、だって、女の子は恋した人になら食べられてもいいって思うものなんですよっ」


 何かの比喩かともベルズは思ったが、今までのカトレアの行動から考えるともしかすると本当に言葉通りの意味かもしれないと思い、少し引いた。

 どこまで本気なのかわからないカトレアの言動について思案していると、それに、とカトレアが続けた。


「好きになった人が同性だったり、人外であったくらいでは私は諦めません。たとえどのような事があっても生涯その方だけを好きでいるつもりですし、どのような事があろうと絶対にその方を諦めるつもりもありません」


 絶対、ときたか。

 絶対と言う事を信じないベルズとしては、そのカトレアの言葉を聞き、あまり乗り気ではなかった心にやる気が灯される。

 カトレアの言う絶対、とやらがどの程度のものなのか、いつまで持つのか。俄然興味が湧いてきた。


「ハッ、言ったな。軽々しく絶対だなんて言った事後悔させてやる。もう泣こうが喚こうが親の元に帰したりなんてしてやらないし、場合によっちゃ人間扱いすらしてやらないからな」

「ご心配なく。私の絶対は中々に重いですので。……それと、じつは言い忘れていましたが」


 言いながら、少し気恥ずかしそうにカトレアが横髪をかき上げ耳を露出させる。注視してみると、その耳は先端が尖っていた。


「私も、人間ではありませんから」


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