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シルバーイーターX ~銀の魔族とハーフエルフの少女~  作者: カイロ


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第23話 愛の力

 突如、轟音が響く。同時に降ろされていたシャッターが大きく歪み、それが幾度か繰り替えされ、山のように膨れ上がった歪みの中から一つの影が飛び出した。

 椅子に腰掛けたまま涎を垂らして眠っていたディオネアはその音にびっくりして目を覚ました。

 ディオネアが目を擦りながら飛び出してきた影を見ると、それはベルズだった。


「む、しまったな。このままでは私も彼女と同じような目に会ってしまうか……」

「その心配は必要ないぜ。ようやく俺も目が覚めた所だからな」


 そう言いながらやけに優しげな笑みを見せるベルズに驚愕し、ディオネアは目を見開く。


「驚いたな。まさかあの状態になって正気を取り戻す事ができるとは。一体、どうやったのか教えてはくれないかね?」

「それは……それは、その、何だ、秘密だ」


 一言目は得意げに語ろうとしたベルズだったが、すぐに気恥ずかしくなったのか頬を掻いて言葉に詰まる。


「ともかく、そんなことは置いといてだ。お前には色々と世話になったからな。礼をしないといけないなと思ってな」


 気を取り直して、ベルズはディオネアへと歩み寄る。先程と同じような笑顔で、少しずつ互いの距離を縮めていく。

 椅子に座っていたディオネアを抱き上げてそのまま壁まで歩いて行き、勢いよく壁にディオネアを押し付ける。


「お、おいおい、君には彼女さんがいるはずじゃあないのかい。いいのかな、こんなことを私にしてしまって」

「大丈夫だ、カトレアはもうそういうの見慣れただろうし」

「そうなのかね。ふふふ、君も随分と酷い男だ。……ところで、私はこういう事をされるのは初めてなのだが、私は一体どうしたらいいのだろうか」

「それも大丈夫、全部俺がやるからお前はただされるがままにされてればいい。痛いのは一瞬だけだし」


 言葉だけは余裕のある態度を取っていたディオネアだったが、顔は真っ赤になっていたし、心臓もなぜ破裂しないのか不思議なほどに激しく脈を打っていた。

 ベルズがディオネアのそばに取り付けられていたにある大きなパイプに手を伸ばし、容易に引き千切って見せ、獣の顎のようになった先端をディオネアの胸へと向ける。


「それに、すぐ何も感じなくなるからな」


 優しい笑顔でベルズが放った一言で、ディオネアの感じていた胸の高鳴りはすぐに別方向の物へと変化していた。


「ひっ」

「お前のせいで、俺はカトレアを傷付けてしまった。だから、遠慮しないで受け取れ」

「わっ私のおかげで、君は生き長らえる事ができたのだよ。それを、忘れてもらっては困るな」


 メキメキと音を立てながら握り締められたパイプが振り上げられたのを見て、ディオネアは声を震わせながら必死にベルズを諭そうとしていた。

 それを聞いてベルズはなるほど、と頷いた。ベルズが理解を示してくれたらしい事にディオネアも安堵し、顔をほころばせる。


「確かに。お前の手助けが無かったら、俺は今頃弾け飛んで銀色の水溜りみたいになってたんだろうな」

「あ、ああ、そうだとも。だから君はもっと私に対して感謝してくれていいのだよ? 」

「もちろん、そりゃあどれだけ礼を言っても言い切れねえよ。お前は俺の命の恩人なんだから」

「そうかね。……それではそろそろ、そちらの凶器を下ろしてくれると私の心が休まるのだけれど」

「いや、感謝してはいるがそれとは関係なしにお前には死んでもらうけど」

「えっ?」


 当たり前のことを言うかのような顔でベルズが返すと、ディオネアは何を言われたのか一瞬理解できなかった。

 何を言っているのか、そう聞こうとディオネアが口を開くと同時にディオネアの体が揺れる。

 ディオネアが視線を下げれば、自分の胸にパイプが突き刺さっていた。


「……っぐ、あ、っ」


 自分の状況をディオネアが理解し始めた頃には、徐々に衣服が赤く染まり始め、それに伴い痛みが襲い掛かり、苦悶に顔を歪めていく。それを見てベルズは対称的に口の端を歪めて笑ってみせる。


「おお、いいツラしてるじゃないかよ。……そのまま、もっともっと苦しんで、苦しんで、そして死ねッ!」


 握っていたパイプに力を込めると、ディオネアの背を突き破り、そのまますぐ後ろの壁へ突き刺さる。その衝撃でディオネアは血を吐いた。


「っ、ゴフッ、ゴフッ! ……し、死ぬ? フフフ、き、君は、勘違いをしている、ようだね」


 血まみれの口から消え入るような声でそう笑い、濁った瞳でディオネアはベルズを睨みつける。


「勘違い? 何をだよ」

「私を殺せる、と思っている事、だよ。既に私も君たちと同じように、体に魔物の一部を埋め込み、不死になっているのだよ」

「何だと!?」


 それを聞いてすぐにベルズは飛び退き、構えた。ディオネアは未だ壁に磔にされたまま動かないが、愉快そうに笑っている。


「そう、それもとびきり強力な魔物の物だ。女王と呼ばれる、その種族の頂点を極めた力を、私は手にしているのだよ」


 ……と、語りはしているもののディオネアは今もなお微動だにしていない。

 もしや、動こうとしないのではなく動けないのではないか、とベルズは考え始めると、合点がいったとばかりにハッとする。


「ああ、なんでそんなご大層な力を手に入れたって割に串刺しのままなのかと思ったが、そういうことか。……それも、お得意の嘘ってぇ事だな?」


 ベルズが呆れたようにそう問うと、ディオネアはまさか、と否定した。


「そんなわけはないだろう。か弱い女の子が胸を貫かれたら喋ることもできずに死んでいるに決まっているじゃないか。まあ、その力を見ないと信じる事もできないかもしれないし、見せてあげようじゃないか」


 言うや否や、突如ディオネアの頭から一対の小さな角が生え始め、腰の辺りから蝙蝠のような翼が広がり、先端が剣先のような形状をしている尾が見えた。


「フッ、怖いかね? これから君には休息などありはしないよ。眠りに落ちたその最中でさえ、安息の時が訪れる事は許しはしないさ。この……」


 一拍置き、自信に満ち溢れた声で、ディオネアは続ける。


「この、サキュバスの女王の力でね!」



「…………」

「…………」


 しばしの沈黙が訪れた。

 どうだと言わんばかりの顔でディオネアがベルズを見つめると、いつでも攻勢に移れるよう張り詰めた表情で構えていたベルズだったが、溶けるように徐々に表情が困惑へと変わり、両腕をだらんと垂らし、いつにも増して呆れた吐息を吐いた。


「……はぁ。それで? そのサキュバスの女王とやらの力で一体どう俺を苦しめようってんだよ」

「それはもちろん、私の口からは恥ずかしくてとてもではないが言えないような事を君にするのさ。……夢の中でね」


 サキュバス。説明するまでもないのかもしれないが、淫らな夢を見せる女性の悪魔のことだ。

 女王ともなればさぞその力は強いのだろうが、力を発揮できるのは夢の中でだけである。現実の世界では角と羽と尻尾の生えただけの非力な女性でしかない。そう、何の力も無いのだ。


「ちなみに、今の私は胸に突き刺さっているコレの痛みを耐えるのに必死で、とてもではないが君の夢の中へ入る余裕は無いので、抜いてもらえると助かるよ」

「………………」


 その上自らの唯一の力すら封印されている状況を説明してきた。よく見ればディオネアの目には涙が溜まっており、また嘘をついているようには見えない。恐らく本当に痛いのだろう。

 ベルズは、両手で顔を覆って深い深いため息をついた。

 ディオネアの口から強力な力を手にしている、と聞いた時には面倒な事になる前に喰らってしまおうか、と考えていたのだが、念のため様子を見ておいて正解だったと安堵する。不死となった以上は何を喰らっても死ぬことはなくなったはずなのだが、それでもベルズはろくでもないものは喰らいたくなかったからだ。

 だが、それと同時にこんな馬鹿げた馬鹿を警戒していたのかと自分に対してやるせない気持ちが噴水の如く湧き出てきた。

 自分に対する恥じと怒りとでその場にうずくまって叫びたい気分のベルズだったが、それは抑え込んでやるべき事をやっておく。


「ふふ、そうだよ、私だってこれを外してくれればもう、どうとは言い辛いが、もう凄いからね。やった事はないのだけれど、何をどうしたら良くなるのかはしっかりわかってね」


 顔をうっすら赤くしながら平然とした口調でディオネアが喋っているが、ベルズは完全に無視してパイプの先端を掴む。そうして、縦に裂いた。


「えっ? ど、どういうつもりだい、こんなことをされては絶対に私一人では抜けられないじゃあないか」

「お前が死なないってのがわかったのは朗報だったよ。……ここで、ずっとそのままでいてくれ」


 気持ちを切り替え、ベルズは嫌らしい笑みをディオネアに向けてから、実験室の方へと足を向ける。


「そんな……待ってくれないか、こんな場所でずっと一人だなんて……! せめて時々でいいから会いに来て欲しい!」


 そこは助けてくれ、とかじゃないのかと思いつつ、ベルズは気を失って倒れているカトレアを抱き上げ、喚き散らしているディオネアを無視して地下室を後にした。


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